遺伝性非ポリポーシス大腸癌 - MyMed 医療電子教科書

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最終更新日:2010.11.15

遺伝性非ポリポーシス大腸癌(いでんせいひぽりぽーしすだいちょうがん)

Hereditary Non-Polyposis Colorectal Cancer : HNPCC

別名: リンチ症候群(Lynch Syndrome)

執筆者: 冨田 尚裕

概要

概要

 遺伝性非ポリポーシス大腸癌(Hereditary Non-Polyposis Colorectal Cancer : HNPCC)は、家族性大腸腺腫症(Familial Adenomatous Polyposis : FAP)と並ぶ代表的な遺伝性大腸疾患である。全大腸癌に占める頻度の高さ、若年発症、大腸多発癌や他臓器癌発生などの特徴からその臨床的意義は極めて大きい。またその発癌機構の研究は癌の分子生物学全体の発展にも大きな貢献を果たし、今後の癌治療戦略を構築する観点からも基礎・臨床両面において重要な疾患概念である。
 その歴史としては、1913年,米国の内科医で病理学者のAldred S. Warthinが,家系内に胃癌,大腸癌,子宮癌が多発する一家系(Family G)を報告し,その原因に遺伝的な要因を想定したのが最初とされる。その後,この“癌家系症候群”はH.T. Lynchらの精力的な研究もあって一つの疾患単位として認められ,Boland らによりLynch Syndrome と名付けられた。1989年、遺伝性大腸癌に関する国際的な認識の高まりと共同研究の必要性からThe International Collaborative Group on HNPCC (ICG-HNPCC)が発足し,1990年のアムステルダムでの本会議において本疾患の名称をHNPCCあるいはLynch Syndromeに統一することが確認されるとともに,診断基準としてAmsterdam criteria ( minimum criteria )が採択された。本基準は、1999年に一部の改訂が為され、この改訂アムステルダム基準(Amsterdam criteria II)(→表1)が現在、国際的に広く使用されている。またICG-HNPCCについては、20年余の歴史を持ち、主に家族性大腸腺腫症(FAP)を中心に活動してきたLeeds Castle Polyposis Group (LCPG)との合併が2003年9月に正式決定し、現在International Society for Gastrointestinal Hereditary Tumors (InSiGHT)と再編されて活動が続けられている。

表1,アムステルダム診断基準、改訂版(Amsterdam Criteria II, InSiGHT, 1999)


 全大腸癌におけるHNPCC(アムステルダム基準合致例)の割合については、欧米では1-5%と推測されているが、わが国では過去2回にわたる大腸癌研究会での全国アンケート調査でそれぞれ0.2%, 0.15%とかなり低い頻度の報告となっており、本研究会のHNPCCプロジェクトでの最近の報告では約2%と推測されている。しかしながら、わが国における本疾患の認知度の低さや診断基準に合致せぬHNPCC症例の存在もあり、正確な頻度は尚、不明である。

病因

[病因および病態生理]
 病歴による診断のみでその疾患概念自体も比較的漠然としていたHNPCCの理解が飛躍的に進歩したのはその背景となる分子機構の解明が契機であり、1993年に報告されたDNA複製エラー(DNA replication error : RER),および1993年から1995年にかけて相次いで単離されたミスマッチ修復 (mismatch repair : MMR)に関わる遺伝子群の発見によるところが大きい。すなわち,元々、酵母や大腸菌におけるミスマッチ修復系で研究されていたmut H, mutL,mutS遺伝子のヒトhomologueであるヒトのミスマッチ修復遺伝子(MMR gene)であるhMSH2, hMLH1, hPMS1, hPMS2, hMSH6などがHNPCCの原因遺伝子として次々と単離同定され,これらの遺伝子の生殖細胞変異(germline mutation)が原因となってDNAのミスマッチ修復系に異常をきたした結果、発癌抑止に関わる重要な遺伝子(TGF βreceptor type II, Bax, IGF II receptor, hMSH6, E2F4など)に変異が蓄積して発癌に至るというHNPCCの発癌機構が理論的にも証明された。しかしながら実際の発癌にいたる過程の標的遺伝子の詳細については現在まだ不明の部分も多い。
 ミスマッチ修復系の破綻によって生じるDNA複製エラーの表現型としてHNPCCの腫瘍組織DNAにおけるマイクロサテライト不安定性(microsatellite instability : MSI)がある。HNPCCで約90%と高頻度に陽性となり、PCR法を用いた比較的簡便なアッセイで検出することができることからHNPCCの診断の一助ともなっているが、一般大腸癌においても5-10%の頻度で検出される。

臨床症状

 一般的な臨床症状として本症候群に特有のものはなく、発生する癌種による。これは、同じ遺伝性大腸癌でも、ポリポーシスという極めて特異な表現型を呈するFAPと対照的であり、本疾患の診断の難しさの大きな理由でもある。表2にHNPCCの臨床的特徴を列挙したが、臨床上特に重要なのは大腸癌の若年発症と大腸多発癌・多臓器重複癌の発症である。
 まず一般大腸癌の平均発症年令が60歳台であるのに対し,HNPCC大腸癌は約40歳と20年以上の開きがある。HNPCCでは大腸多発癌、特に異時性多発癌の頻度が高いが、報告される発生頻度は初発時にHNPCCと診断されているかどうか,また第一癌治療後のサーベイランスによっても大きく異なり,その意味でも的確な診断とサーベイランスは重要である。
 HNPCC患者においては,大腸以外の臓器の発癌リスクも一般人と比較して高率である。その癌種には大腸癌,子宮体癌,胃癌,小腸癌、胆道癌,泌尿器癌,卵巣癌、脳腫瘍、皮膚癌などがあり、これらはHNPCC関連癌とも呼ばれるが、これら悪性腫瘍のスペクトラムは国・地域または時代によっても大きく異なり,前述した原因遺伝子および変異の違いや食事・生活習慣を含めた二次的な環境因子の違いなどが大きく関与していると考えられている。
 これらのHNPCCの臨床的特徴から診断基準が作成され、前述の改訂アムステルダム基準(Amsterdam criteria II)(表1)が国際的に広く用いられているが、このHNPCC関連癌に日本、韓国、中国などアジア諸国のHNPCCに多く見られる胃癌が含まれていないなどの問題点も指摘されている。本邦のHNPCCに関しては、野水らのHNPCC62家系311例についての詳細な臨床的検討の報告がある。

表2,HNPCCの臨床的特徴

検査成績

 臨床症状と同様、一般検査として本疾患に特異的なものはない。確定診断のための検査としては、原因遺伝子の生殖細胞変異を調べる遺伝子診断がある。前述した原因遺伝子のうち頻度の高いhMSH2, hMLH1, hMSH6について調べることが多く、研究レベルで行われていたものが現在いくつかのアッセイ会社に依頼することもできるようになっている。しかしながら保険適応が無いためコストも高く、また付随して必要となる遺伝カウンセリング等の遺伝医療体制の不備から、現在のところ実地臨床レベルで施行することは極めて困難である。
 HNPCCの診断の際の補助診断としては、腫瘍組織における前述のMSI(Microsatellite Instability)解析、およびミスマッチ修復遺伝子蛋白(hMSH2, hMLH1)の免疫組織染色は有用である。大腸癌術前患者で病歴聴取からある程度HNPCCを疑う症例については、Informed Consentのもと手術の際に癌組織を採取してこれらの解析を行うことにより効率的なHNPCC拾い上げが可能である。HNPCCを疑う大腸癌患者におけるMSI解析については近年保険適応がついたが、これらの補助診断が実地臨床で広く活用されるためには、今後の遺伝医療体制の整備が望まれるところである。

治療

[治療およびサーベイランス]
 HNPCC大腸癌については、領域リンパ節郭清を伴った通常の大腸部分切除の他に、将来発生する可能性のある大腸全体を切除する予防的大腸全摘を薦める考え方もある。切除範囲によってその再建術式として回腸直腸吻合、回腸肛門管吻合などに分かれるが、残存大腸における癌の診断頻度は、残存する大腸の範囲や術後のサーベイランスの精度によっても大きく異なってくる。原因遺伝子変異の違いや生活習慣などの修飾要因の関与などによる症例毎の大腸癌発生率も異なり、HNPCCの大腸癌発生の浸透率自体が80-90%であることも考慮すると、HNPCC大腸癌症例に対する大腸全摘術はあくまでも一つのオプションとして提示すべきであると考えられる。また、HNPCC大腸癌の手術の際の子宮・卵巣の予防的摘出については患者の年齢やその家系における癌の種類その他を考慮に入れて症例毎に検討すべきであると考えられる。
 HNPCC患者および家系内の保因者に対するサーベイランスについては、表3に示す如くInSiGHTにおいて一応のガイドラインが示されてはいるが、HNPCC関連癌について国や地域格差が大きいことや家系毎にも様々であることなどを考えると、実際には個々のHNPCC家系において集積している癌種によって検査項目やその頻度も適宜変更する必要もあろう。

表3、HNPCCのサーベイランス

予後

 大腸癌の多発、複数臓器の癌発生にも関わらず、一般の散発性大腸癌よりも予後が良いとする報告が多い。一般大腸癌においてもHNPCCの特徴であるMSIに関して陽性癌は陰性癌に比して予後良好であることが示されており、ミスマッチ修復系異常の発癌機構による癌自体、生物学的悪性度が低い可能性も考えられている。また、HNPCCの腫瘍組織においてクローン病の病変に見られるような高度のリンパ球浸潤が認められることから、何らかの機序による免疫系の賦活が関与しているとも推測されているが、詳細は不明である。

最近の動向

 まず本疾患の名称としては、発生する癌が決して大腸癌だけではないことから遺伝性非ポリポーシス大腸癌(HNPCC)という呼称は明らかに不適切であり、またこの事は本疾患の外科・消化器内科以外の臨床領域(産婦人科等)での認知度が甚だ低いことの一因とも思われ、臨床上は重要な問題である。この反省にたって近年国際的にも名称の再考が為され、リンチ症候群Lynch Syndromeへの統一の機運が高まっている。
 国内においては本疾患の認知度がまだまだ低いことが一番の問題であるが、それはわが国における癌登録の不備と共に従来からの遺伝医療の遅れに大きな原因がある。癌を含めた病気の遺伝に関する偏見もその一因であるが、近年、多くの大学で遺伝医療に関する講義が入り、また医療施設における遺伝・遺伝相談外来なども少しずつ増えてきている。遺伝医療の専門家の養成としても2002年に“臨床遺伝専門医制度”が発足し、欧米に比して特に遅れの目だっていた遺伝カウンセリングの領域においても、2005年から非医師を対象とする“認定遺伝カウンセラー制度”が開始された。これらの体制の整備によって、HNPCCの的確な診断、そして患者および家系メンバーの適切な診療・サーベイランスが行われることが望まれている。

参考文献

1) 馬場正三、松原長秀:HNPCC in the year 2000 マイライフ社、東京、2000
2) 野水 整、権田憲士、佐久間威之 他:わが国における遺伝性非ポリポーシス大腸癌の臨床的検討 -文献的考察-、家族性腫瘍、4(1)、42-48、2004
3) 冨田尚裕、岡村 修、中田 健 他:遺伝性非ポリポーシス大腸癌(HNPCC)診療上の問題点、早期大腸癌、9(6)、559-566,2005
4) http://www.insight-group.org/

(MyMedより)推薦図書

1) 大腸癌研究会 編集:大腸癌治療ガイドライン 医師用〈2010年版〉,金原出版 2010

2) 大腸癌研究会 著・編集:大腸癌治療ガイドラインの解説 2009年版 大腸癌について知りたい人のために 大腸癌の治療を受ける人のために,金原出版 2009

3) P.J.アイフェル 著:婦人科癌―MDアンダーソン癌センターに学ぶ癌診療,シュプリンガー・ジャパン株式会社 2007

4) ガレス リー 著、Gareth Rees 原著、的場元弘・橋本貴夫・滝田郁子 翻訳:よくわかるがん―お医者に行く前にまず読む本 (わが家のお医者さんシリーズ),一灯舎 2008
 

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