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執筆者: 名川 弘一
大腸腺腫・大腸がんにおける各染色体部分の欠失を検討した結果,染色体の5番長腕のAPC遺伝子,17番短腕のp53遺伝子,18番長腕のDCC遺伝子に高頻度に欠失が認められ,これに12番長腕のK-ras遺伝子変異の検討を加えて,大腸がんの遺伝子レベルの多段階発がんモデルが考えられたが,実際にはまだ不確定な部分も多い。
表:大腸がんの染色体欠失頻度
がんは異常な細胞増殖を示すものである。したがって,細胞増殖に直接関与する細胞周期は,大腸発がんにおいても密接な関係を有する。CyclinはCyclin dependent kinase[Cdk]と複合体を形成し,Cdkを活性化する。Cdk-CyclinはRb[Retinoblastoma gene:網膜芽細胞腫遺伝子]蛋白をリン酸化し,その機能を不活性化する。Rb蛋白は,細胞周期の進行に重要な役割をはたしているE2Fと結合し,その機能を抑制している。Rb蛋白のリン酸化によってE2Fが活性化され,G1からS期への移行が起こる。細胞周期においてはRb,p53,p21蛋白などの制御が関与しており,その機能が不活性化している場合には正常な細胞周期による制御機構が働かない可能性がある。細胞周期調節因子は放射線感受性にも関与している。
大腸がんにおけるp21の遺伝子変異はまれである。また,p16の遺伝子変異もほとんどないとされているが,p16遺伝子プロモーター領域のメチル化によって,多くの腫瘍でp16の発現が抑制されている。さらに,大腸腺腫,大腸がんの約30%にCyclin D1の発現増加が認められている。このように,Cdk-cyclinの機能調節機構のさまざまな異常が大腸がんの発生に関与している。
Proteins related to cell cycle
Rbとp53は様々な種類の悪性腫瘍で高頻度に異常が認められるがん抑制遺伝子である。この代表的ながん抑制遺伝子Rbとp53には多くの共通点がある。Rbとp53はともに核内に存在するリン酸化蛋白であり,細胞周期G1からS期の移行期に作用し,細胞増殖調節に重要な役割を果たしている。Rbとp53の機能の不活性化は各種臓器の発がん機構に共通するステップである可能性がある。
大腸がんにおけるp53の遺伝子異常はほとんどが点突然変異であり,早期大腸がんでも60~70%と高頻度に認められている。p53の遺伝子異常は大腸腺腫では非常に頻度が低く,がんの病期とは無関係であることから,大腸がん発生過程の早期に起こるものであると考えられている。対立遺伝子の一方のアレルの点突然変異と他方のアレルの欠失によってp53の機能が不活性化されている腫瘍が多い。正常[wild-type]p53蛋白の発現は低レベルであるため,通常検出されない。しかし,点突然変異をもつp53遺伝子が産生するmutant p53蛋白は,wild-type p53蛋白に比較して長い半減期をもつため,がん組織において高レベルの発現が認められる。したがって,p53蛋白の過剰発現はp53遺伝子異常を示唆するものといえる。p53蛋白の過剰発現が認められる大腸がんはp53蛋白の発現が検出されない大腸がんに比較して生存率が低値である。p53の不活性化はがんの生物学的悪性度を高めていると考えられる。
大腸がんにおけるRb遺伝子の欠失や突然変異はまれである。大腸がんにおいては,Rb遺伝子自身の異常ではなく,Rb蛋白のリン酸化調節機構の異常によってRbの不活性化がもたらされている可能性が考えられる。
APC[adenomatous polyposis coli]遺伝子は,家族性大腸腺腫症[familial adenomatous polyposis:FAP]の原因遺伝子として,1991年に単離されたもので,第5番染色体長腕[5q21]に位置する。家族性大腸腺腫症とは,大腸に数百から数千の腺腫性ポリープを生じ,放置した場合,高率にがんへと進展する疾患で,常染色体優性の遺伝形式を示す。APC遺伝子は2845アミノ酸からなる大きな遺伝子で,翻訳領域は15のエクソンから構成される。なかでも15番目のエクソンは8.4kbと巨大で,全体の約77%を占める。
APC遺伝子
APC遺伝子の異常は,FAPに伴う大腸腺腫や大腸がんばかりでなく,散発性の大腸腺腫や大腸がんでも高頻度に生じている。遺伝子変異と欠失によって対立遺伝子の両方のAPCアレルが不活性化されると,腺腫形成、すなわち腫瘍性増殖がはじまる。散発性の大腸腫瘍において認められるAPC遺伝子の体細胞性変異は約70%がコドン1309~1550の領域に集中しており,この部分はmutation cluster region[MCR]と呼ばれている。
一方,FAPにおけるAPC遺伝子の生殖細胞性変異はコドン1309の5塩基の欠失が約15%の家系で認められているが,体細胞性変異でみられるようなMCRは認められていない。APC遺伝子の生殖細胞性変異がコドン157までの5’端側にある場合,通常のFAPに比較して少数の腺腫しか発生しない軽症型のFAPとなることが報告されている。
APCの機能はいまだに不明な点が多いが,最近,APC蛋白が細胞周期のG1からS期への移行を阻害することで細胞増殖を抑制することが示された。
K-ras遺伝子の異常は,大腸腫瘍の増殖に関与するもので,特に腺腫の形態的変化に関系するものと考えられている。K-ras変異の頻度は,隆起型の腺腫に高く,非隆起型では低率である。
DCC[deleted in colorectal cancer]遺伝子は,染色体18q21の領域から単離されたがん抑制遺伝子で,大腸がんにおいて高頻度に欠失が認められる。DCC遺伝子領域の欠失は,進行大腸がんでは半数以上に認められ,大腸がん肝転移症例では原発巣,肝転移巣ともに90%以上の高頻度で認められている。また,RT-PCR[reverse transcriptase-polymerase chain reaction]によるDCC mRNA発現解析から,半数以上の大腸がんでDCCの発現低下が認められ,大腸がん肝転移症例では原発巣,肝転移巣ともほぼ全例にDCCの発現低下が認められている。したがって,DCC遺伝子領域の欠失や発現低下が大腸がんの進展,肝転移に深く関わっているといえる。
遺伝性非ポリポーシス性大腸がん[hereditary nonpolyposis colorectal cancer:HNPCC]の原因遺伝子の候補としてDNA修復に関与する遺伝子が考えられており,1993年から1995年にかけてhMSH2,hMLH1,hPMS1,hPMS2,GTBPが同定された。DNAミスマッチ修復遺伝子の異常はマイクロサテライト領域の異常[replication error:RER]に反映される頻度が高いため,実際にはRERの有無を検索する方法がとられる。このように,RERの検討により,間接的にHNPCCの診断が可能で,実際に臨床への応用が開始されている。ほとんどのHNPCCはadenoma-carcinoma sequenceにともなって起こる遺伝子異常とは異なる遺伝子変化によって発生,進展していくと考えられている。また,RERと多重がんとの関係が指摘されている。
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