乳癌 - MyMed 医療電子教科書

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最終更新日:2010.11.18

乳癌(にゅうがん)

Breast cancer

執筆者: 森 正樹

概要

 乳癌の発生頻度は年間4万人を超えると推定され、また罹患患者を含めると、現在国民30人に1人が乳癌になったことがある、と推定される。女性が罹患する癌の患者数では第1位である。これは、「癌先進国」である米国ではさらに顕著であり、現在8人に1人が乳癌になったことがあると推定されている。

 欧米先進国では、新規乳癌患者(乳癌発症者)の数は、年々増加の一途をたどっているが、乳癌による死亡率は減少している。しかしながら、日本においては、乳癌発症者も、乳癌による死亡者も増加している。この違いは、早期発見率の差であると考えると、最もわかりやすい。乳癌検診の普及率が欧米先進国と日本ではかなり差がある。2年ほど前よりマスコミにより、マンモグラフィーによる乳癌検診が重要であることが伝えられている。
 
 乳癌は、これまで頻度の高かった胃癌や大腸癌に比較して、体表に近く、予後が良いことが知られている。すなわち、検査が簡便で、早期に治療をすれば完治できる可能性が高い癌である。乳癌に関する診断法、治療法は日進月歩で変化しているため、5年前の常識は、現在では非常識であることが多々ある。これには、とくに手術法、薬剤の進歩が大きく寄与していると推察される。

病因

 最も一般的な乳癌は、乳管の上皮に発生する乳管癌である。それ以外には、小葉の中で発生する小葉癌があるが、ほとんどの乳癌の発生原因は明らかにされていない。発癌のリスクファクターとよばれる要因には下記のものがある。


遺伝子多型


 遺伝子多型とは各個人の遺伝子の塩基配列の違いであり、存在する場所によっては遺伝子発現や機能に影響する。報告されている遺伝子多型としては、(1)エストロゲンの合成分解に関与する遺伝子( C YP17 α 、 CYP19 、 CYP1A1 、 COMT など)の多型、(2)発癌物質の代謝に関与する遺伝子 GSTM1 の多型、(3)癌抑制遺伝子 p53、 BRCA1 、 BRCA2 などがある。一方、頻度は低いが遺伝性乳癌としてLi Fraumeni症候群(TP53変異)、Cowden病(10q22-23変異)、Muir-Torre症候群(MLH1,MSH2変異)、Peutz -Jeghers症候群(不明)、Ataxia-teleangiectasia (ATM変異)などが知られている。


HER2(human EGFR-related 2)


 細胞表面に存在する約185 kDaの糖タンパクで、受容体型チロシンキナーゼである。上皮成長因子受容体 (EGFR) に類似した構造を有し、EGFR2、ERBB2、あるいはNEUとも呼ばれる。HER2タンパクをコードする遺伝子は HER2/neu 、 erbB-2 である。HER2タンパクは正常細胞において細胞の増殖、分化などの調節に関与しているが、何らかの理由でHER2遺伝子の増幅や遺伝子変異が起こると、細胞の増殖・分化の制御ができなくなり、細胞は悪性化する。HER2遺伝子は癌遺伝子でもあり、乳癌を含め多くの種類の癌でこの遺伝子増幅がみられる。


エストロゲンによる乳癌の発生と進展


 乳癌発生リスクの高いものとして、女性ホルモン暴露が重要である。エストロゲンの分類と癌進展への影響を下にまとめる。特に、エストロゲンの長期並びに過剰状態を反映する状態として、妊娠・出産歴がないこと、第一子の後、母乳を与えないこと、初経年齢(月経が始まった年齢)が低いこと、閉経年齢が高いこと、ホルモン療法(エストロゲン製剤、ピル等)を受けていることなどは、乳癌のリスクが高いといわれている。年齢と共に乳癌の発生する確率は高まるが、若年齢で発生した乳癌は活動的である傾向が強い。

A) エストロゲンの分類

1. 生理的エストロゲン:年齢、初潮年齢、閉経年齢、結婚の有無、初産年齢の影響
2. 内因性エストロゲン:閉経後の肥満、動物性脂肪やアルコール摂取の影響
3. 外因性エストロゲン:経口避妊薬、ホルモン補充療法

B) エストロゲンの乳癌進展におよぼす影響

1. 乳癌細胞の増殖:乳癌細胞核内にはエストロゲン受容体(ER)が存在し、この受容体にエストロゲンが結合すると増殖因子の転写が促進される。またその標的遺伝子としてはtumor growth factor alpha (TGFα)やinsulin like growth factor II (IGFII)などがある。

2. 血管新生因子:エストロゲンによりvascular endothelial cell growth factor (VEGF)の転写が促進される。

3. 溶骨性骨転移:骨髄に到達した乳癌細胞はparathyroid hormone -relate protein (PTHrP)などの破骨化細胞活性化因子を分泌する。ER陽性乳癌細胞ではPTHrPの高発現がみられることが知られている。

4. 乳癌細胞浸潤転移:エストロゲン制御プロテオグリカン分解酵素であるcathepsin D、閉経後のエストロゲン分泌減少に伴うMMP-1発現上昇が重要である。

 乳癌は本来エストロゲン依存性に増殖・進展するが、一部の症例はホルモン依存性が消失している。一方、ホルモン感受性を示す乳癌も次第に治療経過とともにホルモン感受性が低下していく。加齢によるエストロゲン受容体発現遺伝子のメチル化が原因と考えられている。

病態生理

ホルモン感受性


 前項で記した様に、乳癌の発生、増殖、浸潤にはエストロゲンが深く関与する。閉経前女性では、主に卵巣でエストラジオール(E2)が産生される。また閉経後女性では、末梢脂肪組織に存在するアロマターゼによりアンドロゲンがエストロゲン(E3)に変換される。E2はE3に比して明らかに活性が高い。エストロゲンは、乳癌細胞の核に存在するエストロゲンレセプター(ER)と結合し、各種の転写因子を活性化し、乳癌細胞の増殖、浸潤、転移、血管新生を引き起こすと考えられる。乳癌の治療において、ERの発現の有無は極めて重要な因子の一つである。すなわち、ER陽性の乳癌に対しては、その下流への刺激をブロックすることで乳癌細胞の増殖、浸潤、転移、血管新生を抑制することが可能となる。また、プロゲステロンレセプター(PgR)もERと同様に重要な因子の一つと考えられる。PgRは、ステロイドホルモン、ビタミンDなどの疎水性ホルモンに対する核内受容体スーパーファミリーの一つである。プロゲステロンは卵巣、胎盤から主に分泌され、わずかながら精巣および副腎からも分泌される。PRは、ERと同様に細胞内に存在し受容体は、ホルモンと結合しない状態では不活性化されているが、エストロゲンによって合成が促進される。乳癌組織内のER、PRの陽性率は患者の閉経状態や測定法で異なるが、ER(+) PR(+)が約50%、ER(+)PR(-)が約20%、ER(-)PR(+)が10%、ともに陰性が約20%という報告がある(HarveyらJ Clin Oncol 1999)。


HER2


 近年注目されているのが、増殖因子の一つである上皮増殖因子レセプター(EGFR)の相同受容体HER2 (Her2/newまたはErb-B2)である。臨床の現場において、術後病理診断を実施する際に、現在では必須の検索項目の一つとなっている。最近の術後補助療法の実施基準にもHER2の発現の有無が加えられ、その重要性が認識されている。HER2を標的としたヒト化モノクロナル抗体トラスツズマブ(商品名ハーセプチン)が本邦でも利用できるようになり、現在ではHER2 3+、または2+かつ遺伝子増幅を認める転移再発症例に限って投与が認められ、有効な報告がなされている。2008年3月から、本邦でも術後補助療法に認可された。


Stem cells


 癌の発生に関する新しい概念として、癌幹細胞の存在が近年注目されている。乳癌ではCD44+CD24-/low を示す細胞が癌幹細胞と報告された。また、CD44+/CD24-/lowを示す癌幹細胞で発現が亢進している遺伝子を同定し、それらの遺伝子の発現が高い乳癌は低い乳癌に比し、転移再発を起こしやすく、細胞増殖が早く、予後が悪いと報告された(N Engl J Med. 2007 356(3):217-26.)。

臨床症状

自覚症状


 もっとも多い自覚症状は、痛みを伴わない乳房腫瘤であるが、この他にも乳頭異常、乳頭異常分泌、腋窩リンパ節触知などを主訴として発見されることがある。また、乳腺症との鑑別のためには発見の動機(偶然、自己検診、医師検診、痛み)、経過(増大の有無・速度、月経周期との関連)が重要であるが、その差異は必ずしも絶対的なものではない。


視触診


 乳癌は自己検診で見つけることができる数少ない癌の一つである。乳癌診療における視・触診はマンモグラフィー、エコーなどの検査手技の発達の陰に隠れる傾向にあるものの、患者自身が見いだすことができるという点で、その重要性が場が揺らぐことはない。視診で見いだされるのは、明らかに腫瘤が大きくなっている場合、また乳頭・乳輪を中心にビランを生じている場合が多い。後者の場合、患者の自己分析でかゆみ止めを塗ったり、皮膚科医よりステロイドを含むかゆみ止めを処方され、ビラン傾向が長く改善しない場合があり、そのような状況下で乳腺外科を受診することが多い。中には、乳腺外科医が驚くくらいに大きくなってから受診する場合も見受けられる。また、雑誌やテレビの影響で、「乳癌は痛みがない」と報道されたのを鵜呑みにして、疼痛が発症するまで放置しているケースも少なくない。しこりを見つける有効な手段は、決まった割合で自己検診することである。具体的には、毎日体を洗うときにスポンジやタオルではなく、手で胸を洗うよう指導している。触診の仕方は、指先でつまむのではなく、指の腹でさするように押さえるようにするのがコツである。以下に重要な項目を列挙する。

* やや進行した乳癌では腫瘤の上の皮膚陥凹や膨隆、乳頭陥凹、乳頭偏位 (pointing)、
   浮腫(pig skin, peau d'orange)、発赤、潰瘍、衛星皮膚結節、上肢の浮腫。
* 平手触診、指先交互法で腫瘤を硬く触知する。可動性の有無。皮膚えくぼ(dimpling)の有無。
* 領域リンパ節の腫脹

検査成績

マンモグラフィー


 近年、「治療を受ける乳癌患者」が増加した最も大きな原因は、マンモグラフィーの普及率が上昇したためと考えられる。マンモグラフィーの所見は、腫瘤陰影、微細石灰化陰影、構築の乱れ、を中心にそれぞれカテゴリー分類が行われる。カテゴリー3以上は「要精密検査」とされ、癌検診受診者に医療機関受診が勧められている。主催する団体によって異なるであろうが、癌検診受診者の5−10%が「要精密検査」となり、その中で癌が見つかるのは全体の0.3% とされる。マンモグラフィー検診の受診者が多くなればなるほど、「正しく病変を見つけることができる医師」の必要性が増す。NPO法人マンモグラフィ検診精度管理委員会が主催する読影講習会が定期的に開催されている。2008年11月現在で「マンモグラフィ読影医」として公表されるB判定以上を獲得した医師数は8500人を超えた。


エコー


 エコー検査は、X線を使わず、簡便に実施できるのが最大の利点である。腫瘤像形成性病変と腫瘤像非形成性病変とに分類される。現在、マンモグラフィーと同様にカテゴリー分類を作成中である。マンモグラフィーが乳腺が厚い患者(若年者、妊婦)に有効でないことがあることに比較して、エコーは全ての年齢の患者に適応可能と考えられている。


MRI


 MRI検査は、特に乳房温存術を実施しようとする際に、乳房内での癌の広がりを調べるのに有用である。Gd造影を加味することによりその精度はさらに上昇する 。Time-intensity curveのパターン分類で、癌か良性かの診断、さらに癌の組織型の特徴を予測する試みもなされている。


血液検査腫瘍マーカー


 CEA, CA15-3がもっとも多く利用される。しかしながら、これらの腫瘍マーカーは、初期の癌で陽性となることは少ない。進行・再発癌で治療前に値を認めた症例では、治療の評価を行う一要因となりうるが、必ずしも一致しない場合もある。

治療

 乳癌は他の固形癌と異なり早期癌の段階から全身疾患と捉えられている。従って治療としては手術療法の他に放射線療法,化学療法,およびホルモン療法(内分泌療法)を病態に合わせて、総合的に施行することが重要である。


手術療法




乳房切除術

 かつてはHalsted法とよばれる胸筋合併乳房切除術(定型的乳房切除術)が主流であったが、現在一般に実施されている乳房切除術は,胸筋温存乳房切除または単純乳房切除(simple mastectomy)である。特に前者については大胸筋,小胸筋を温存しつつ乳房全摘を行うAuchincloss法、Kodama法や大胸筋のみを温存するPatey法があり、いずれも腋窩リンパ節郭清を行っている。一方、大部分の非浸潤性乳管癌(DCIS)患者には,腋窩リンパ節郭清を実施することは少ない。また、浸潤性乳癌でもセンチネルリンパ節*の導入により、腋窩リンパ郭清を省略する場合もある。

 乳房切除術は乳房温存術に比べて放射線照射を追加する必要はないが、整容性において遙かに劣る。従って、乳房温存術が次第にその適応を広げたのに対し、乳房切除術症例の適応はやや狭まりつつある。(*センチネルリンパ節:乳癌が所属リンパ節転移をおこす場合、最初に転移をおこすと推測されるリンパ節を指す。見張り番リンパ節、斥候リンパ節ともいう)


乳房温存術

 乳房温存術は、乳房切除術に劣らず局所コントロールが得られることと、整容性を保つことに意義がある。乳房温存術後の病理検索後に断端陽性となった場合は局所再発率が高い。したがって乳房温存手術は整容性を保つ点で利点があるが,残った乳房組織に癌が再発することを懸念して乳房切除術を選択する患者もいる。また、「乳癌治療ガイドライン」によれば残存乳房に対する局所コントロールと生存期間延長のためリンパ節転移個数4個以上の症例には乳房切除後の放射線照射(RT)を併用すべきであると推奨している。さらに、Danish Breast Cancer Cooperative Group (DBCCG)で行われた大規模な臨床試験では、乳房切除を受けた閉経前乳癌の患者をランダム化してCMF+RT群とCMF単独群とに分けて経過観察した。その結果局所再発率はRT併用群で9%、CMF単独群で32%。10年生存率はCMF単独群は45%に対してRT併用群が54%と有意に良好であった。したがって、現時点では乳房温存術には残存乳腺への照射が必須と考えられている。 

 乳房温存術の適応として(1)腫瘤径3cm以下、(2)乳管内進展を示す所見がない、(3)多発性病巣がない (4)術後放射線照射が必須であるため重篤な膠原病や同側胸部の照射既往がなく、患者の同意が得られていることがあげられる。腋窩リンパ節郭清を実施することにより根治的乳房切除術と同等の治療成績が得られている。Fisherらは1843名のstage I 、II乳癌患者を乳房温存術と放射線照射併施群と乳房切除術群にわけ、それぞれ解析したところ、各々の5生率は85%と76%、遠隔転移再発率は76%と 72%、そして無病再発率が72%と66%と特に統計学的な有意差がないことを報告した(Fisher B et al. N Engl J Med. 1989, 320(13):822-8)。乳房温存手術は切除量により腫瘤摘出術(tumorectomy, Tm)、乳房円状部分切除術(wide excision, Bp)、乳房扇状部分切除術(quadrantecomy, Bq)に分類される。 腋窩リンパ節郭清については乳房切除術とその範囲は変わらない。通常レベルIIまでの系統的郭清が行われるが、術中所見によってはレベルIIIまで行うこともある。


乳房再建術

 乳房再建術はこの20年で大きく進歩した。現在では、根治術と同時に行われる一期的乳房再建術と術後数年経過したのちに行う二期的再建術とに分けられる。最も多く用いられる方法は,乳房インプラント(生食バッグ、シリコンバッグ)を挿入する方法と自家組織(広背筋皮弁や腹直筋皮弁)を用いる再建法である。これにより外形が改善され,自信や自己イメージを回復し,幸福感につながる一助となると思われる。一期的乳房再建術としては乳房プロテーゼを用いた方法が簡便であり、一般に広まる可能性がある。


放射線療法


A) 位置づけ:乳房温存術では残存乳房への放射線照射は必須である。その効果は術後の乳房内再発を有意に抑制することが実証されている。先述した Fisherらの報告によると、乳房部分切除後の照射の有無による無局所発率はそれぞれ90%と61%であり有意に照射群方が良好であった(Fisher B, New Engl J Med 1989)。また、手術不能な腫瘍(通常はStage III)の一次治療とされるほか,外科手術を拒否した患者にも使用される。また、術前(ネオアジュバント)放射線療法は,悪性度の高い限局性腫瘍や悪性度は低いがサイズが大きな腫瘍の患者において腫瘍を縮小させ,外科切除を容易にする(乳房温存術を可能にするため通常は化学療法と併用して)ために用いられる。

B) 標準的な照射方法:接線対向2門照射、総線量45-55Gy/1回線量1.8-2.0Gy、さらに腫瘍床に対して10-16Gyブースト照射が用いられている。

C) 有害事象:早期有害事象;乳房の腫脹,重感を照射直後に感じることが稀にあるが、主な副作用として,疲労感,4~6週間目にピークとなる急性の皮膚反応,治癒遅延,および局所の線維化などがある。局所の線維化は治療後1年が経過するまでは現れない場合もある。

D) 中長期有害事象:腋窩リンパ節に放射線を照射すると,腕のリンパ浮腫発生リスクを増大させる恐れがある。治療を長期間続けることによる治療自体の発癌の報告もある。

E) 転移性乳癌における放射線療法:放射線療法と全身療法との併用は,大部分の転移性乳癌患者にとっての一次治療であり,癌病巣を制御して症状を緩和する。放射線療法は,骨転移を有する患者の治療選択肢であり,全症例の70%以上で症状の緩和が認められる。また、脳転移症例に関しては、数個以内であればγナイフ照射が有効である。


薬物療法


A) 乳癌の薬物療法の適応

 発癌予防:欧米では抗エストロゲン剤が投与されているが、日本では保険適応外である。 
術前療法:
 乳房温存率を高めるため、あるいはdown stagingを図るため行われる。 
術後補助療法:
 乳癌は全身病と考えられており、原発性乳癌に対しては手術や放射線照射に加えて術後補助療法の併施により高い無病再発生存率が実現できる。切除された乳癌組織標本の病理所見をもとに薬物療法の選択が決定される。 
再発乳癌の治療:
 患者のQOLを保ちつつ延命を図り、病気との共存を期待する。また、モルヒネ、向精神薬等を用いた緩和医療も重要である。
 St Gallenにおける国際的専門家会議により、乳癌症例のリスクがカテゴリー分類され、それに応じて、治療方針が決められている。

表1. リスクカテゴリー
表2
B)治療法の詳細

ホルモン療法


 乳癌はホルモン依存性癌であり古くより卵巣摘出術など外科的治療が行われてきたが、近年抗エストロゲン剤を中心とした薬物が普及している。ホルモン療法の感受性は癌細胞におけるホルモン受容体の発現程度で予測することが可能である。ホルモン療法は化学療法に比べて有害事象が少なく、さらに長期的に有効な場合も多く、患者のQOL向上に役立っている。

1. 内分泌反応性:3段階に分類され、定義は以下に示す通りである。

内分泌反応性:
 ホルモンレセプターが発現しているもの。〔ER(+)/PgR(+)、ER(−)/PgR(+)〕 
内分泌反応性不確実(uncertain):
 ホルモンレセプターの発現を認めるが発現量が少ない、あるいは内分泌療法への反応性が必ずしも十分とは考えられないもの。 〔例;ER(+)/PgR(−)、あるいはER(+)、PgR(+)であっても染色細胞の割合が少ない、または染色強度が弱い。など 〕 
内分泌非反応性:
 ホルモンレセプターの発現を全く認めないもの。 


2. 乳癌のホルモン療法の種類

抗エストロゲン剤:
 タモキシフェン(閉経前・後)、トレミフェン(閉経後);術後補助療法および再発乳癌治療薬として有用。 
アロマターゼ阻害剤:
 アナストロゾール、エキセメスタン、レトロゾール;閉経後の術後補助療法および再発乳癌治療薬として有用。 
LH-RHアゴニスト:
 ゴセレリン、リュープリン;閉経前に術後補助療法および再発乳癌治療薬として有用。タモキシフェンとの併用が有効である。 
合成黄体ホルモン剤:
 メドロキシプロゲステロン;術後補助療法および再発乳癌治療薬として有用。 


3. 注目すべきホルモン療法を用いた臨床研究

MA-17グループ:
 閉経後ホルモン感受性乳癌の術後療法としてタモキシフェンによる治療を5年間受けた症例をレトロゾール投与群またはプラセボ投与群とにランダムに分けたところ、前者においてDFSが改善したことを明らかにした (New Engl J Med 2003; 349:1793-82)。 
BIGI-98:
 閉経後乳癌においてレトロゾールとタモキシフェンを比較したところ、レトロゾール群は有意にDFSを改善し、遠隔転移率を7倍改善した(New Engl J Med 2005; 353:2747-57)。 


化学療法


 乳癌は全身療法と考えられており、化学療法に対して感受性が高いことから数多くの化学療法剤が使用されている。

1. 種類

代謝拮抗物質:
 5-フルオロウラシル(CMF*)、UFT(単剤)、カペシタビン(単剤)、メトトレキセート(CMF) (*CMF療法;術後補助療法として使用した場合,閉経前および閉経後いずれにおいても無再発生存期間および全生存期間を延長する。古典的なレジメンでは 4週間ごとに6サイクル(6×CMF)を実施。現在ではアンスラサイクリン系薬剤をベースとしたものが増えてきたが、心毒性のリスクが高い患者,または比較的再発リスクの少ない患者にとっては,6サイクルのCMF療法が依然として妥当なレジメンとして頻用されている。) 
アルキル化剤:
 シクロフォスファミド(CMF) 
抗生物質:
 ドキソルビシン(CAF, AC*)、エピルビシン(EC) (*AC(EC)療法:ドキソルビシンおよびシクロホスファミドを3週間ごとに4サイクル(4×AC)投与するレジメンが広範に用いられており,6× CMFと同程度に有効である。また,無作為化試験からは,アンスラサイクリン系薬剤をベースとした療法において,投与量を増やし長期間実施すれば,生存期間が有意に延長されることが示されている。) 
タキサン系:
 ドセタキセル*(単剤)、パクリタキセル*(単剤) (*細胞の紡錘体微小管の機能に関与し,細胞複製を阻害。単剤療法としてはいずれも,標準的な化学療法に抵抗性の進行乳癌患者で,30~50%の高い奏効率が得られた。多剤併用療法による有効性も優れており,第一選択の治療法として用いた場合,70~95%という高い奏効率が得られた。 
植物アルカロイド:
 イリノテカン(単剤) 


2. 投与方法

 ほぼすべてが併用療法であり,異なる薬剤は異なる経路で作用するという機序を応用し、より高い抗腫瘍効果を期待している。連続した投与サイクル間に休薬期間を設け,これを繰り返す。この休薬期間は,副作用を最小限に抑制し,患者の正常組織の細胞が回復するための期間である。投与コース数は使用する薬剤により異なるが,通常は1コースの化学療法につき4~6サイクルが実施される。


3. 有害事象

 体内で活発に分裂しているすべての細胞に作用するため,癌細胞だけでなく正常細胞にも影響をおよぼす。従って食欲不振,脱毛があり,骨髄抑制および心毒性がある。また、化学療法により卵巣機能が停止する結果,治療レジメンによっては閉経前の患者にかなりの割合で無月経が生じる場合がある。


抗体療法


 約30%の乳癌で過剰発現を示す増殖因子受容体HER2/neuに対するヒト化モノクローナル抗体トラスツマブが開発され、臨床導入されている。

1. 作用機序:

 HER2蛋白は、ヒト上皮増殖因子受容体ファミリーに属する増殖因子受容体であり、その細胞質側にチロシンキナーゼ活性領域を有する分子量約185kDaの膜貫通型蛋白質である。ヒト乳癌細胞において、HER2の高発現が認められているものもある。HER2遺伝子を導入し HER2蛋白が高発現したヒト乳癌細胞MCF7では、親株に比べ腫瘍増殖速度の亢進が観察されている。トラスツズマブは、HER2に特異的に結合した後、 NK細胞、単球を作用細胞とした抗体依存性細胞障害作用(ADCC)により抗腫瘍効果を発揮する。

2. 適応:

 免疫染色が行われ、定められた判定基準により0、1+、2+、3+に分類される。判定対象は浸潤部であり乳管内進展部や細胞質の染色性は評価しない。3+の症例はトラスツズマブ治療の対象となるが、2+の症例については判定が別れる。このため、FISH法を用いた染色体レベルでの解析が行われる。FISHでコピー数の増加が認められればトラスツズマブは有効である。

3. 投与方法:

 トラスツズマブは、手術不能進行癌・転移再発乳癌に対しては通常1日1回、初回投与時には4mg/kg/m2、2回目以降は2mg/kg /msup2/supを90分以上かけて、1週間間隔で点滴による静脈注射を行う。また、術後補助療法時には初回投与時には8mg/kg/m2、2回目以降は6mg/kg /msup2/supを90分、3週間間隔で点滴による静脈注射を行う。

4. 有害事象:

 最も多い副作用は発熱と悪寒で、いずれも3人に1人に発症。頭痛、倦怠感なども出る場合もあるが、これらの副作用は初回の投与のときのみで、2回目以降はなくなることが多い。トラスツズマブ単独投与の場合、骨髄抑制による白血球減少、脱毛はほとんどない。頻度は少ないが、重篤なものとして、心臓機能の低下や呼吸器の障害が出ることがあり、投与前には心臓の機能を調べ、投与中も定期的に心機能のチェックをする必要がある。

図1 手術療法
表1 リスクカテゴリー
表2 治療決定アルゴリズム

予後

 乳癌は、最初の手術時の診断で決定されるステージ(病期)分類で大きくその予後は異なる。「予後が良い」といわれる乳癌であっても、ステージ IIIとなれば、5年生存率は50%以下である。ステージを問わず、乳癌患者全体をみると、5年生存率は50%程度である。しかしながら、乳癌が他の頻度の高い癌と異なる点は、5年経過後も転移再発を生じ、その後も一定にならない(再発による死亡が増加する)ことである。乳癌以外の多くの癌では再発は2年以内におこることが多く、5年以降にはじめて再発が確認されることはほとんどない。

 また、同じステージであっても、ホルモンレセプター陽性患者は、陰性患者より予後が良い。これは、癌細胞自体の性質の違いも関与するだろうが、何よりホルモンレセプター陽性患者はホルモン治療の恩恵を受けることができるためと考えられる。

 予後に関わる因子として、Her2/neuなどのEGFを過剰産生がある。この分子そのものが過剰発現していると予後が悪い。しかしながら、現在はHer2/neuに対するヒト化モノクロナル抗体トラスツズマブ(商品名ハーセプチン)が開発され様相が少し変化しつつある。再発患者で、癌での過剰発現が確認された患者(全体の約20%)に本薬剤の投与が認められている。2007年末には、術後補助療法として認可される動きもある。同じステージで、同じような再発形式を示した場合で、Her2に対する薬剤が使えるか否かは、患者にとっては大きな問題である。その一方で経済的負担についても考慮しておく必要がある。本剤は1回投与に約8万円を要する(保険が適応がされればその3割 2万4千円、または1割 8千円負担)。これを毎週投与する場合、ざっと計算しても、本剤単独でも3割負担の場合、年間124万円を窓口で支払うこととなる(実際には、これに併用する抗癌剤費用、受診費用、検査代が加算される)。平成19年4月より、限度額適応認定(高額医療)の規則が変更されたため、70歳未満の患者が入院した場合は、一月に治療費が一般納税者は80,100円+(医療費ー267,000円) x 1%、(高額納税者は150,000+(医療費ー267,000円) x 1%))を支払えばよいこととなった。ただし、外来治療の場合、以前と同じように一旦医療費を支払った後に、約3ヶ月後に上記の高額医療制度が適応され、払い戻しされる制度が継続されている。それまでは、保険適応とされた経費を支払わなければならない。乳癌に対する抗癌剤治療をうけている患者は大多数が外来患者であるために、経済的問題は深刻である。支払いに問題がある患者は、病院事務部と相談をするように指導し、誤った方法で借金をさせたりしないような社会的配慮も必要である。

最近の動向

St.Gallen Consensus Conference 2007:


 治療法決定に関して第10回専門会議で示した新しい方向性について述べる。

A)2005年までは治療方針の決定に対して再発リスクを重視していたのに対して、今回の会議においては治療効果から考える、という点が大きな変化であった。

B) 分子標的治療のtrastuzumabが術後療法としての有用性が明確化された。

C)個別(オーダーメード)医療の推進が確認された。

D) 閉経前の内分泌療法ではLH-RHアゴニストとTAMを併用することが有用である。タモキシフェンの有用性が再確認された。

E) 閉経後乳癌ではtamoxifenからアロマターゼ阻害薬への切り替えに高い支持が集まったこと。

F)ER-,PR-, HER”-いわゆる”triple negative”症例が今後の治療対象として注目されている。

G)術前治療に関しては、温存率を高めるためであればよいが治療反応を確認するためでは反対意見が多い。内分泌療法単独も支持があった。


新しい治療法の開発


(1)血管新生阻害薬Bevacizumab (Avastin)について、乳癌では第3相試験が行われている。この他にも、
(2)浸潤転移に重要なMMP阻害剤としてMarimasstat, COL-3, BMS275291、
(3)血管内皮細胞を標的とした治療法としてThalidomide、Squalamine, 2ME、
(4)血管新生活性物質阻害剤としてTSU68、Neovastat、IFNα、
(5)血管内皮特異的インテグリン阻害剤としてVitaxin II、EMD121974、
(6)非特異的機序としてCAI, Celecoxib, IL-12, IM862などの研究が進められている。


癌幹細胞から見た乳癌治療戦略の開発


 癌幹細胞は小さな細胞集団ではあるものの、化学療法後にも生き残り、癌の再発の原因を作っていると考えられる。さまざまなATP結合性カセット (ABC)輸送体は、細胞内から細胞外へ薬剤を汲み出すことにより、多くの癌の薬剤耐性に寄与していることが示されている。ヒト乳癌幹細胞を同定し治療抵抗性の原因究明と克服への試みが行われている。 とくに、ヒト乳癌臨床検体において、CD44+CD24-/low を示す癌幹細胞から同定された遺伝子群を発現する乳癌は、そうでない乳癌に比較して、転移再発を起こしやすく、細胞増殖が早く、予後不良に関与することが報告された(N Engl J Med. 2007 356:217-26.)。今後は、通常の治療である手術・ホルモン治療・抗癌剤治療に加えて、乳癌幹細胞を標的とした治療戦略の開発が重要な役割を果たすことが期待される。


凝固壊死療法


 肝癌などで用いるラジオ波(RFA)焼灼装置を用いる治療法が臨床研究として導入されている。また、子宮筋腫、前立腺などで使用されている集束超音波も使用が試みられている。


免疫療法


 HER2抗原などを用いる癌ワクチン療法法が臨床研究として導入されている。


乳房切除後の乳房再建術


乳房全摘の場合:

 自己組織を用いる方法として広背筋や腹直筋皮弁を用いた再建術がある。
また、シリコンバッグ(生食水充填)を胸筋下に埋め込む方法がある。乳頭は絵陰部などの色素沈着のある皮膚とコラーゲン塊を用いて再建する。


乳房温存の場合:

 乳房変形と放射線照射による皮膚障害が問題である。乳房のふくらみの再現としては部分的筋皮弁、自己脂肪組織充填、脂肪細胞注、生理食塩水注入などがある。

 最近、組織の中に潜む幹細胞が脂肪組織や支持組織へと分化する性質を利用した脂肪組織由来幹細胞と脂肪細胞を一緒に移植する再生医療も試みられている。


乳房温存手術後の変形に対する脂肪組織由来幹細胞を用いた再建療法


 温存術後の変形に対しては生理食塩水注入、血液充填、脂肪注入、筋弁充填などが施行されてきた。現在、皮下脂肪組織の中から間葉系幹細胞を分離抽出し脂肪細胞とともに注入する治療法も試みられている。従来の脂肪注入に比し脂肪組織の生着・組織塊形成が良好とされる。また変形改善による瘢痕創の拘縮が改善され上肢可動域の改善に寄与する場合もある。


再発を予測する遺伝子テスト


  オランダで開発された、患者乳癌組織を用いた遺伝子テスト「マンマプリント」が米国食品医薬品局(FDA)に承認された。これは、特定の70遺伝子発現パターンから、再発の予測を行うものである。また「オンコタイプDX」は21種類の遺伝子発現を解析し、再発リスクを予測するものである。これまでは、手術(生検)組織を利用した病理学的解析、およびER, PgR, Her2発現解析が予後を予測する因子として重要であったが、これらとは全く独立した解析によっても今後の再発リスクを予見し、術後の治療に役立たせることが可能な時代となりつつある。

(MyMedより)推薦図書

1) 日本乳癌学会 編集:患者さんのための乳がん診療ガイドライン〈2009年版〉,金原出版 2009

2) 日本乳癌学会 編集:科学的根拠に基づく乳癌診療ガイドライン〈1〉薬物療法〈2010年版〉,金原出版 2010

3) 四国がんセンター 編集:乳がん看護トータルガイド,照林社 2008

4) 福田護 著:名医の図解 よくわかる乳がん治療,主婦と生活社 2007

5) 南雲吉則 著・監修:乳がん大百科,主婦の友社 2008
 

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