顕微授精 - MyMed 医療電子教科書

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最終更新日:2010.11.02

顕微授精(けんびじゅせい)

Micro insemination

執筆者: 柳田 薫

概要

 顕微授精とは生殖補助医療の一つで、不妊症治療において体外受精を実施しても受精が成立しない場合に行われる媒精法で、精子が卵子に受精することを顕微鏡下に補助して受精を図る手技を指す。現在では顕微授精といえば、卵細胞質内精子注入法(intracytoplasmic sperm injection, ICSI)を指す。
 顕微授精の導入までは、体外受精を行っても受精が得られなかった重症男性不妊症例ではそれ以上の治療法を望めず、妊娠が不可能であったわけであるので、この方法によってより多くの不妊症夫婦が目的を達することができるようになったわけである。

種類

 適応顕微授精の種類は透明帯開孔法(zona opening, ZO)、囲卵腔内精子注入法(subzona sperm insertion, SIZI)、卵細胞質内精子注入法(ICSI)に大別される。
 前2者は高度な乏精子症では受精率が低く有効でなく、受精が成立した場合には多精子受精が高頻度に起こることが欠点である。
 ICSIは1個の生存精子を外径の直径が6~7μmのマイクロピペット(図1)に精子を吸引して、卵細胞質内に1個の精子を注入する技術である。安定した受精率が期待でき、理論的には多精子受精が起こらないので、現在では顕微授精といえばICSIが実施されている。しかし、最近、卵子の細胞膜が脆弱な症例が報告されている。それらの症例で、ICSIを実施すると卵子が死滅してしまうので、囲卵腔内精子注入法を行い受精卵を得ている。



1)    透明帯開孔法(図2)  

 透明帯の一部に小孔を開け、運動精子が囲卵腔に進入しやすくする。小孔を開ける方法によって次の方法に分類される。

①   Zona drilling
②   Partial zona dissection
③   Zona opening

 Zona drillingは酸性タイロード液を吹き付けて透明帯の一部を溶解して開孔する。Gordon&Taransky(1986)によってマウスで成功した後、1988年に臨床応用例が発表された。
 酸性溶液を用いる場合、開孔部の卵細胞膜上の微絨毛の障害が報告されている。近年ではレーザーで開孔する方法もある(zona drilling)。
 Partial zona dissection (PZD)は微細な針(マイクロニードル)によって透明帯に裂孔を作る方法である。
 Zona opening は2本のマイクロフックを用いて透明帯に裂孔を作る。






2)    囲卵腔内精子注入法(SUZI/図3)

 数個の運動精子を囲卵腔内に注入する方法である。1988年にNgらによりヒトでの最初の妊娠例が報告された。
 これまで紹介した顕微授精の中ではもっとも普及したが、受精率が低く(3%〜44%)、多精子受精率が高い欠点を有していた。

 

3)    卵細胞質内精子注入法(ICSI)
 
 1992年にその成功がベルギー(Palermo ら)から報告された。1個の精子を卵子内にマイクロマニピュレーターを用いて注入し、受精を成立させる画期的方法である(movie1)。
 ICSIはIVFでも受精しないような男性因子例に適応され、絶大な治療効果を生む。一方で、卵子にマイクロニードルを刺すので卵子が損傷するリスクと、体外操作による染色体異常発生などの遺伝的リスクを負う可能性がある。後者のリスクについては調査中であり、結論されたものではない。
 ICSIの実施状況を見ると、ベルギーでは採卵周期の65%がICSIで、本邦でも53.3%がICSIが実施されており、IVFより多くの治療が実施され、より多くの子供たちが誕生しているのが現状である。
 Palermoらの発表の1年前にそのベルギーチームのDr. van Steirteghem が第9回日本受精着床学会に招請講演のため来日した。折しもその学会では、教育講演として鹿児島大学元助教授の後藤和文氏が世界初のウシでのICSI成功をテーマとしたICSIの話題を講演し、Dr. van Steirteghemも会場に同席していたことは興味深い。
 ベルギーの成功を期に、各国でその成果が報告された。論文掲載を指標にすると日本の成功(1994: 福島県立医科大学、星、柳田ら)はベルギーに次いで二番手であり、三番手はイギリスであった。

適応

 体外受精での受精障害例が適応となる。本邦では、日本産科婦人科学会が会告として本法の適応に関するガイドラインを示した。それによると、適応は「難治性の受精障害で、これ以外の治療によっては妊娠の見込みがないか極めて少ないと判断される場合」である。
 実際の臨床においては、IVFを行っても受精が得られなかった場合と、受精が得られないと予測できる場合が適応となる。具体的には重症精子減少症、精子無力症、精子奇形症、あるいはそれらの合併例、精子死滅症例、不動精子だけの症例、精巣上体精子あるいは精巣精子を採取して用いる場合である。  

◎適応

a.IVFで受精障害となった場合
b.IVFで受精障害が予測される場合

・精子減少症、精子無力症、精子奇形症など・精子死滅症例・不動精子だけの症例・無精子症で精巣上体精子あるいは精巣精子を採取する場合    

 ガイドラインの中で、顕微授精以外の治療では妊娠できない場合に適応になると記してあるのは、顕微授精という技術が生まれてくる子供に及ぼす影響がよくわからないからである。つまり、顕微授精によって、生まれてくる子供たちが遺伝的異常や遺伝子異常を負うリスクがあるので、必要な時だけに限定して実施すべきであるとしている。

1)    乏精子症、精子無力症の場合
 
 IVFで受精障害が起こる精子側の条件が明確に示せないのが現状で、よって明確なICSIの適応基準が精液パラメーターで示すことができない。現在の精液パラメーターは精子の受精能を十分に評価していないと考えられる。
 精子の受精能は受精能獲得、先体反応、ハイパーアクチべーション、精子・卵子融合に必要な精子側レセプター(IZUMOが最有力である)、精子核の凝縮の状況などの機能が重要であって、それらの機能を精子濃度や運動率などで評価することに無理があることは容易に想像がつく。
 精液所見は同一男性であっても、変動が激しく、どの数値を個体評価に採用すべきか明確でない。精液検査ガイドラインでは検査が2回の場合は平均値を、検査が3回以上の場合には中央値を採用することになっているが、その根拠は示されていない。AIHとIVFの場合ではそのときの精液所見が示されるが、タイミング法ではチャンス時の精液所見は不明である。
 自験例でのAIHの精液所見を解析すると、妊娠症例における精子濃度と精子運動率は,男性因子群と精液所見正常群との間に傾向を認めなかった。精子濃度が5×106/mlまたは運動率が10%未満では妊娠例を認めなかった。
 Dickeyらは8051周期、4000例を対象とした原精液所見で、運動精子数5×106/ml未満または運動率30%未満の症例では周期あたり妊娠率3.2%であり、3周期の累積妊娠率が10%でプラトーに達したと報告している1)。総正常形態運動精子数は,自然妊娠で0.035×106/ml、AIHで0.02×106/mlが最低の数値であった2)。しかし、自然妊娠夫婦で精液所見正常値未満であった割合が10~20%以下であることを考えると2)、精液検査所見で異常値を示した場合にはAIHの適応として良いとも思われた。これらのことから、少なくとも精子濃度が5×106/mlまたは運動率が10%未満の症例では早期にIVF(またはICSI)へ移行すべきと思われる。
 同様にIVFでの精液パラメーターと妊娠との関係をみると、福島県立医科大学付属病院での結果からは、精子濃度が5×106/mlまたは運動率が10%未満では妊娠例を認めなかった。IVFにおいては、最終的な精子パラメーターの評価は媒精に必要な運動精子が調整できるかにある。
 所属するリプロダクションセンターの現プロトコールでは、媒精にはFalcon 3037ディッシュを用い、1 dishに最多4個の卵子まで入れて媒精する。媒精のための精子処理法はswim up 法で、最終運動精子濃度は原則 2×105/mlとしている。このプロトコールでは、処理後の精子浮遊液の条件として、精子濃度が10×106/ml 以上、運動率が80%以上、媒精精子浮遊液量が20 μl 未満、Kruger strict criteria 4%以上であれば、IVFを実施する。この条件を一つでも満たさない場合はICSIを選択する。
 IVFを実施する場合、さらにもう一つのオプションを用意する。媒精の4~6時間後に第二極体の放出の有無をチェックし受精成立を推測する。この時に、媒精したすべての卵子に第二極体が認められない場合、完全受精障害を避ける目的でICの後にすべての卵子に対してICSIを実施する(レスキューICSI、rescue ICSI) 3)。 
 先に述べたように一般的な精子パラメーターだけでICSIの適応を決定することは困難であるが、精子濃度が5×106/ml未満または運動率が10%未満であれば、ICSIを選択し、そうでなければ、精子回収法後の精子浮遊液の状態(十分な媒精精子が得られているか)でICSIの適応を決定する。また、rescue ICSIを実施できる診療体制なのであれば、さらによい。

受精のプロセス

 体外受精と同じ流れの中で、媒精を顕微鏡下で卵細胞質内に1個の運動している形態正常な精子を注入する。注入後は体外受精と同様に培養する。 ICSIでは受精のプロセスの中で、受精能獲得,先体反応,hyperactivation,透明帯貫通そして精子・卵子融合(sperm-egg fusion)がバイパスされて受精する(図4)。よって、先体機能や精子運動能の正常性はICSIの受精に必須ではなく、それらの受精過程の異常による受精障害例に対しても有効である。
  ICSIされた精子の先体反応は未完了で卵内に先体酵素が持ち込まれるが、その影響は不明である。通常はsperm-egg fusion後に、精子頭部の細胞膜が完全にはずれた状態で精子が卵細胞内に取り込まれ、すぐに精子頭部の脱凝縮機転が働く。また、卵の活性化に必要なカルシウムオシレーションはICSI の平均15分後から発現する5)
 精子頭部の脱凝縮もICSIの15~30分後(射出精子の場合)から認められる。つまりICSIでは卵活性化の機転、精子の脱凝縮、前核形成過程が遅延している。

方法

 必要な機器として、体外受精に必要な機器以外にマイクロマニピュレーションシステムが必要である。ICSI用チャンバーにプラスチック製シャーレを用いるのであれば、ホフマン系のコントラスト装置が付属する倒立顕微鏡がよい。他にマイクロインジェクター,マイクロマニピュレーター,ステージ加温器などのセットとなる。
 通常のICSIでは200~400倍の倍率が用いられる。注入用マイクロピペットを作成するにはプーラー、マイクロフォージ、マイクログラインダーが必要となるが、85%のART施設は既製品を購入して実施している5)。ピエゾドライブを利用したピエゾICSIも行われる。方法の要点は以下の3点である。
 
①   形態正常な運動性が良好な精子を選択する。
②   注入する前に精子不動化処理を行う。
③   すみやかに注入する。

1)精子の準備

  ICSIには生存精子を用いる。運動性良好精子回収法を行って精子浮遊液を作成する。
 精液採取からICSIまでの精子前培養時間に関しては適切な時間を設定するデータがない。禁欲期間については長いよりは短い方がよいとの報告がある。卵子の前培養、ICSIのタイミングを最優先で考え、その中で、精子の処理を行う。
 精子の選択については、生存精子を選択するという意味で運動精子を選択する。細胞としての資質がよい精子を選択することが重要であるが、遺伝情報(染色体やDNA)や代謝因子が優れている精子を評価し選択する方法が開発されていないのが現状である。
 1997年から精子DNAの断片化と受精や胚発生との関連が報告されてきたが、この断片化率が高い精子浮遊液から選択した精子を用いたICSIの成績については一定の見解を得ていないのが現状である。つまり、断片化率が高いケースでは流産率が高い6)7)、受精率が低いなどの報告がある一方8)9)10)、成績は変わらないとする報告も存在し11)12)、一定の見解が得られていないのが現状である。
 また、運動性が高い精子を選択するという意義を精子DNA断片化の点から考察すると以下のようになる。精子運動性が良好な精子ほど受精能が高い13)。また、精子運動性および受精率は精子 DNA fragmentation の割合と負の相関を示し14)、精子運動率は mtDNA 欠失の発現率と負の相関をする15)。これらの知見より、精子運動性が高い精子を選択すれば、配偶子として良質な精子を得られると推測される。
 良質な精子を選択する方法としてBartoov ら(2002)が開発したmotile sperm organelle morphology examination(MSOME)16)に基づく精子選択を行ってICSIする方法(intracytoplasmic morphologically selected sperm injection, IMSI)が注目されている17)。MSOMEは顕微鏡の画像をデジタルズームを合わせて6300倍まで拡大して精子形態を観察する方法で、精子の各部所の異常とICSIの成績との関連を調査し、頭部に存在する空胞が精子選択の重要な因子であると報告した(図5)。



 ICSI 2 回不成功例に対して、頭部に0.78±0.18μmを越える空胞を認めた場合では妊娠率が低く(18% vs 50%)、流産率が高い(80% vs 7%)。この時、受精率や良好胚率には有意差を認めなかった18)
 初回のICSI例に対してはそれぞれ有意差を認めず、ICSIで反復して妊娠しなかった例に対して有効であったと述べている。また、Vanderzwalmen(2008)は精子頭部に大空胞が1個以上あるとday 3 までの胚発生には差を認めないが、胚盤胞への発生率は5.1%以下となり、着床率も11.1%に低下したと報告した19)
 大きな空胞を持つ精子はミトコンドリアの機能が低下し、クロマチン異常(核タンパク異常)多く、DNA 断片化の割合も高い。また、染色体の数的異常が多いことも示された20)
 IMSIで認識できるいわゆる空胞には、細胞質が含まれる小胞や細胞膜表面の形状変化としてのクレーターなどがある。細胞質は活性酸素の発生源となるので、理論的にはDNA断片化を誘導する可能性がある。単なる陥凹の場合には活性酸素の発生源とはならないと思われる。光顕ではそれらの判別ができないので、それらの影響が平均化されてしまっている可能性が強い。
 いずれにせよ、現時点でのIMSIの成績は明らかな成績向上に至っていないのが現状である。しかし、理論的には空胞の無い精子を選択することは、未知のリスクを避ける意味で意義のあることと思われる。

8.卵の準備

  採卵後1時間から11時間の前培養時間ではICSIの成績に変動がないとの報告が多くあり27)、その程度の前培養時間では採取卵子の in vitroでのageing の影響が認められないと解釈できる。一般的には採卵後2~5時間培養してからICSIを行うことが多いようである。
 ICSIには卵子の裸化処理が必要で、卵子・卵丘細胞OCCをヒアルロニダーゼ(40IU/ml)を含むhepes buffered medium 内で1分間処理し、hepes buffered medium に移し、先端径300μmのパスツールピペットを用いてピペッティングを注意深く行って卵丘細胞を分離させ、次に先端径が卵の直径より少し大きい200μmのピペットで追加裸化する。ピペッティング時に卵細胞が圧迫され、ピペット内で変形しないように注意深く行う。過度の強いピペッティングは卵へダメージを与える。
 裸化卵を実体顕微鏡下に観察し成熟卵(metaphase Ⅱ卵)を選別する。通常では採取された卵の約15%に未熟卵が認められる。その後はICSIまで通常の培養液で培養する。

9.ICSIの実際の概要

①PVP drop(5~7%PVP液)の中にインジェクションピペットを運び、ピペッティングを2〜3回行い、ピペット内壁をPVP液でコーティングする。最後に少量のミネラルオイルをニードル内に吸引する。
②   精子浮遊液のdropから最も良好な形態が正常な運動精子(運動性が活発な精子)を注入用ピペットに吸引した後、PVP drop内に精子を移す。
③   PVP drop内で精子尾部の頚部に近い部をピペット先端でチャンバー底にこすりつけて精子の不動化処理を行う。精子不動化処理は精子-卵子相互作用(sperm-egg interaction)がスムースに行われるために重要で、精子頭部脱凝縮や卵活性化因子リークの促進に関与し、ICSIの受精成立にもっとも重要なプロセスである。精子細胞膜のbreak down は細胞死を意味し、数十分後には明らかな卵活性化因子の損失、胚発生能の低下(DNAの損傷などによる)を引き起こす。
④   不動化した精子を注入用ピペットに尾部から再吸引した後に、注入用ドロップへ移動する。
⑤   卵子の第一極体が保持した卵子の12時または6時にくるように卵子を保持用ピペットで固定する。注入用ピペットを卵へ刺入する(卵の直径の2/3位まで)。刺入部位は極体の対側の半球側に行う。これは紡錘体の損傷をさけるためで、第一極体がある対側の半球に紡錘体がある確率は7%と報告されている28)
⑥   インジェクションピペットの卵細胞膜穿通を確実にするために、ピペット刺入に伴う細胞膜破綻の手応えがなければ、手応えを確認できるまで卵細胞質を少量吸引し、その後に精子を注入する。ピペットは静かに抜去する。注入用ピペットの先端が鋭利でも、卵細胞膜は伸展性に富むので容易に貫通できないことがある。そのため、細胞膜が破れた手応えを確認することが重要となる。

成績

  • 日本産科婦人科学会倫理委員会登録・調査小委員会による2007年分の体外受精・胚移植等の臨床実施成績報告では、体外受精に比較するとやや低値の傾向がある。採卵あたりの妊娠率は12.1%、移植あたりでは22.0%である(下表)。



 ICSIを繰り返して行った場合の累積妊娠率を調べると、4回実施で全妊娠例の80%~90%が妊娠しており、5回以上での妊娠率の上乗せは減少する21)

特殊な場合 (作成中)

1)    無精子症
2)    死滅精子症
3)    不動精子(精子運動率が0%)しか得られない場合
4)    未熟精子しか得られない場合

問題点

1)    遺伝的リスク明確な結論を得ていないが、ICSI児では染色体異常発生率が高く、先天性形態異常の発生率も高いとの報告が認められるので、臨床医は実施に当たっては十分なインフォームドコンセントを得る必要がある。
 例えば、出生前診断として胎児染色体検査で、ICSI児ではde novoの性染色体異常が有意に高く、常染色体の構造異常率が高い傾向にあったとの報告がある22)
 先天性形態異常(大奇形)の頻度が高いとの報告では、泌尿系の異常が多く認められていた23)。もちろん、形態異常のリスク発生には、母体年齢や多胎妊娠などの関与も考えられている。
 男性因子例には染色体異常や造精機能関連遺伝子の異常を持っていることがある。無精子症の約15%にクラインフェルター症候群を認める。
 造精機能関連遺伝子の異常は乏精子症・無精子症例の5〜15%に認められる。造精機能関連遺伝子はY染色体上に発見されたが、現在では常染色体にも存在することがわかっている。
 Y染色体上のDAZ遺伝子の異常(欠失)は臨床検査として実施可能であり、異常が存在すれば男児には伝承され、将来父親と同じ形質を発現する可能性がある。よって、乏精子症や無精子症例では、事前に染色体検査や遺伝子検査を受けて子孫が負う遺伝的リスクの有無を認識することが好ましい。  

2)    遺伝外のリスク最近、ゲノムインプリンティング遺伝子群の異常とARTとの関連性が報告されている。
 遺伝子のいくつかは後天的遺伝子修飾(エピジェネティクス、epigenetics)により片親から受け継いだ遺伝子のみが発現する。この特定の遺伝子に対して行われる遺伝的刷り込み(ゲノムインプリンティング, genomic imprinting)とはヒストン-DNA complex に対する化学的修飾によって遺伝子発現が制御されることをいう。この修飾にはDNAのメチル化や核蛋白であるヒストンのメチル化・アセチル化がある。
 エピジェネティクスは環境因子から影響を受ける可能性が示唆されており、体外受精や顕微授精での環境・操作からの影響で、ゲノムインプリンティングの異常が起こる可能性があるとされている。
 インプリンティングの異常は行動異常、先天異常や種々の疾患の発症に関与している。ARTとエピジェネティクス異常が関与していることが報告されているのがAngelman症候群24)、そしてBeckwith-Wiedemann症候群25)などである。したがって、ART従事者は慎重にARTの適応を守り、注意深くARTを実施する義務があることになる。  

参考文献

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2)田辺清男,兼子智,郡山智,他: AIHへのアプローチ,産婦人科の実際,51: 205-213,2002.

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5) 苛原 稔,栁田 薫:生殖補助医療体系における設備、人的資源、消耗品使用の現状に関する研究,生殖補助医療の安全管理および心理的支援を含む統合的運用システムに関する研究(最終報告)厚生労働科学研究費補助金(子ども家庭総合研究事業)研究、生殖補助医療の安全管理および心理的支援を含む統合的運用システムに関する研究(主任研究者: 吉村泰典)、分担研究報告書, p35-65, 2006.3

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8)Lopes S, et al.: Gamete-specific DNA fragmentation in unfertilizedhuman oocytes after intracytoplasmic sperm injection. Hum. Reprod., 13:703-708, 1998.

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18)Berkovitz A, Eltes F, Ellenbogen A, Peer S, Feldberg D, Bartoov B:Does the presence of nuclear vacuoles in human sperm selected for ICSI affect pregnancy outcome?Hum Reprod. 21:1787-1790, 2006

19) Vanderzwalmen P, Hiemer A, Rubner P, Bach M, Neyer A, Stecher A, Uher P, Zintz M, Lejeune B, Vanderzwalmen S, Cassuto G, Zech NH: Blastocyst development after sperm selection at high magnification is associated with size and number of nuclear vacuoles. Reprod Biomed Online, 17:617-627, 2008..

20) Garolla A, Fortini D, Menegazzo M, De Toni L, Nicoletti V, Moretti A, Selice R, Engl B, Foresta C: High-power microscopy for selecting spermatozoa for ICSI by physiological status. Reprod Biomed Online, 17:610-616, 2008.

21) 栁田 薫: 不妊原因に応じた最適な不妊治療の選択指針の確立に関する研究,その2 (男性不妊症、生殖補助医療の治療指針に関する研究)、配偶子・胚提供を含む統合的生殖補助技術のシステム構築に関する研究,平成15年度厚生科学研究費補助金(子ども家庭総合研究事業)分担研究報告書,主任研究者: 吉村泰典pp90-106,2004.3.

22) Bonduelle M, Van Assche E, Joris H, Keymolen K, Devroey P, Van Steirteghem A, Liebaers I: Prenatal testing in ICSI pregnancies: incidence of chromosomal anomalies in 1586 karyotypes and relation to sperm parameters. Hum. Reprod., 17:2600-2614, 2002.

23) Ericson A, Kallen B :Congenital malformations in infants born after IVF: a population-based study. Hum Reprod 16:504-509, 2001 

24)Cox GF, Burger J, Lip V,et al: Intracytoplasmic sperm injection may increase the risk of imprinting defects. Am J Hum Genet 71:162-164, 2002 25)DeBaun MR, Niemitz EL, Feinberg AP : Association of in vitro fertilization with Beckwith-Wiedemann syndrome and epigenetic alterations of LIT1 and H19. Am J Hum Genet 72:156-160,2003

(MyMedより)推薦図書

1) 今井道夫・香川知晶 編集:バイオエシックス入門―生命倫理入門,東信堂 2001

2) 吉村泰典 著:生殖医療の未来学―生まれてくる子のために,診断と治療社 2010

3) 須藤みか 著:エンブリオロジスト-受精卵を育む人たち-,小学館 2010
 

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