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malocclusion
執筆者: 後藤 滋巳
不正咬合とは
歯ならびの異常である不正咬合(malocclusion)は,顎顔面頭蓋の形態的あるいは機能的な異常による不正と個々の歯の位置異常により,正常咬合としての特徴を欠くような状態をいう.
不正咬合の原因
1)遺伝的原因
子が親に似るように,顔の成長は遺伝による影響を受けることから,不正咬合が遺伝的要因に影響されることは十分に予想される.しかし,不正咬合は環境的要因にも大きく左右され,遺伝的要因との相互作用から成立しているために,両者を明確に位置づけるのは難しい.
2)環境的原因
(1)先天的原因:不正咬合の原因と考えられる胎生中にあるもの
① 先天異常疾患:唇顎口蓋裂,第一第二鰓弓症候群,鎖骨頭蓋異骨症,クルーゾン
(Crouzon)症候群,Treacher-Colins症候群,Pierr Robin症候群,Down症候群,
Apert症候群(尖頭合指症) Turner症候群,Beckwith-Wiedemann症候群,
Russell-Silver症候群などがあげられ,各々特徴のある不正咬合を呈する.
②歯数の異常
a.先天的欠如歯:空隙歯列や隣接歯の傾斜を招く.上顎側切歯,下顎切歯,第二小臼歯に
多い.
b.過剰歯:叢生や正中離開の原因となる.上顎正中部に多い.
③歯の形態異常
a.巨大歯:叢生や上顎前歯の唇側傾斜の原因になる.上顎中切歯,側切歯に多い.
b.矮小歯:空隙歯列の原因になることがある.上顎側切歯に多い.
c.癒合歯:歯冠の大きさが変化するため,上下歯列の対向関係に不調和をきたす.
下顎切歯,犬歯に多い.
④口腔軟組織の形態異常
a.巨舌症:舌圧の口唇により,上下顎前突,空隙歯列や開咬の原因となる.
b.小舌症,無舌症:舌圧の低下と相対的な頬・口唇圧の亢進により,狭窄歯列や叢生の原因
となる.
(2)後天的原因
①全身的原因
a.内分泌障害
脳下垂体(成長ホルモンの影響):機能亢進により下顎骨の過成長,機能不全により
小下顎症を呈する.
甲状腺(カルシトニンの影響):機能低下で成長抑制,歯の形成遅延,萌出遅延,機能
亢進により成長促進,歯の萌出促進を起こす.
b.栄養障害
ビタミンDの欠乏でのくる病による歯の形態異常,萌出障害,顎骨の形態異常などを
引き起こす.
②局所的原因
a.歯の交換の錯誤(乳歯の早期喪失,晩期残存)
特に乳臼歯が早期に喪失すると,第一大臼歯が近心に傾斜・転位し永久歯の萌出
スペースが減少してしまうことがある.また,重度な齲蝕や,永久歯の萌出方向異常
により正常な根吸収に支障をきたし乳歯が晩期残存すると,永久歯は歯列外に萌出したり
埋伏のままの状態で推移してしまう.
b.永久歯の齲蝕,喪失,萌出遅延
永久歯が齲蝕による歯冠の崩壊・喪失により,隣在歯の喪失部位への傾斜が起こる.
これは両隣在歯にとどまることなく歯列全体,咬合状態にまで影響を及ぼすことが多い.
萌出すべき部位の歯の萌出遅延も同様な状態を招く可能性が高い.
c.不良充填物
適合不良の義歯や充填物は隣在歯あるいは対合歯を傾斜,移動させる力を発生させ,
不正咬合を導くことがある.
d.歯周疾患
歯の支持力が低下することにより,上下顎前歯の唇側傾斜や空隙歯列を呈することが
ある.
e.口腔習癖
口腔習癖による外力が歯や歯列,顎骨などに作用して正常な顎顔面領域の成長発育を
阻害し,各種不正咬合の原因となる.さらに,矯正歯科治療の進行を妨げたり,治療後の
安定の維持にも影響を与える.
1)弄唇癖(咬唇癖,吸唇癖):上顎前歯の唇側傾斜,下顎前歯の舌側傾斜や叢生を呈する.
2)弄舌癖(舌突出癖,咬舌癖):上顎前歯あるいは上下顎前歯の唇側傾斜を示し,
また上下前歯間に舌が突出することから開咬を呈するようになる.
(異常嚥下癖に随伴することが多い)
3)吸指癖:母指吸引癖が一般的に多く,通常は3歳頃までに消失することが多い.
長期に及ぶと開咬,上顎前突などの不正咬合と関連する可能性が高い.
4)口呼吸:口唇閉鎖機能不全,上顎歯列の狭窄などを呈する場合がある.
5)ゴム乳首の常用:哺乳時以外の長期間の使用は,上顎歯列の狭窄,臼歯部の交叉咬合の
原因となることがある.
6)異常嚥下癖:上下顎前歯に舌を挟んで嚥下する幼児型類する嚥下がある場合,
上下顎前突や開咬の原因となる.
7)咬爪癖:歯の摩耗や傾斜を呈することがある.
8)睡眠態癖:睡眠中の体位が顎顔面・歯列の発育に影響を与える場合がある.
f.外傷
顎骨骨折,歯槽骨骨折,また歯の破折などにより不正咬合を呈することがある.
整復固定処置による回復を正しく行うことが必要である.
g.口腔腫瘍
顎顔面・歯列の正常な発育を阻害し,不正咬合を呈することがある.
h.小帯異常
上唇小帯の高位付着や肥厚があると,上顎中切歯間の閉鎖が十分に行われず,正中離開を
生じさせる.また,舌小帯の異常は舌の運動機能を阻害し,発音障害をきたしたり
異常嚥下癖や低位舌の原因になる.
i.顎関節障害
下顎枝の成長に影響し, 下顎骨の変形による交叉咬合, 顔面の非対称を呈することがある.
j.鼻咽腔疾患
口呼吸の原因となり,上顎前歯の唇側傾斜,上顎歯列の狭窄などを呈することがある.
(3)歯と歯列弓の大きさの不調和(Arch length discrepancy)
調和のとれた歯並びと噛み合わせ(咬合)が得られるためには,歯の大きさ(歯冠近遠心幅径の
総和)と歯列弓(顎)の大きさとのバランスが必要である.
歯の大きさが大きすぎると乱杭歯(叢生)を招き,逆に小さい場合にはすきま歯(空隙歯列弓)を
招くことが多い.
・不正咬合の種類
1)個々の歯の位置異常および状態の異常
(1)歯の水平的位置の異常
転位:歯列弓を咬合面から垂直に見た時,基準とした歯の正常な位置よりも近遠心,
または唇(頬)舌方向にずれて位置している状態で,次の五つに分けられる.
①近心転位:正常な位置に対して,近心に位置している状態
②遠心転位:正常な位置に対して,遠心に位置している状態
③唇側転位:正常な位置に対して,唇側に位置している状態
④頬側転位:正常な位置に対して,頬側に位置している状態
⑤舌側転位:正常な位置に対して,舌側に位置している状態
捻転:歯の長軸を中心とした方向が正常である状態を基準として,その歯の方向が
回転した状態で,次の二つに分けられる.
① 近心捻転:歯の長軸を中心にして,唇頬側面が近心方向に回転した状態
② 遠心転位:歯の長軸を中心にして,唇頬側面が遠心方向に回転した状態
移転:歯列弓内における二本の歯の位置が逆転して萌出し、本来の配列順所と異なった状態
(2)歯の傾斜の異常
傾斜:その歯の長軸の角度が正常である状態を基準として,角度が変わっている状態で,
次の二つに分けられる.
①唇(頬)側または舌側傾斜 :歯の近遠心軸を中心に回転し,唇(頬)側または舌側に
傾斜した状態
②近心または遠心傾斜 :歯の唇(頬)舌側軸を中心に回転し,近心または遠心に傾斜した状態
(3)歯の垂直的位置の異常
高位:歯の切縁,尖頭,咬頭頂が咬合線を越えて位置している状態
低位:歯が萌出を終えた段階で切縁,尖頭,咬頭頂が咬合線に達していない状態
2)数歯にわたる位置不正
正中離開:通常は上顎左右中切歯間に空隙がある状態をいう
対称捻転:通常は上顎左右中切歯が正中線に対して対称的に捻転した状態をいう
叢 生:個々の歯が転位, 傾斜や捻転など位置の異常を起こし, かつ重なり合っている状態をいう
3)歯列弓の形態の異常
(1)狭窄歯列弓:臼歯間幅径が減少している歯列弓をいう.上顎では口蓋が深い,いわゆる
高口蓋を呈することが多い.
(2)V字型歯列弓:前歯の唇側転位または傾斜と犬歯部の狭窄によって起こる歯列弓で,V字型を
呈している.上顎歯列弓に多くみられ,狭窄歯列弓の一つである.
(3)鞍状歯列弓:小臼歯が舌側に転位し, 歯列弓全体の形が馬の鞍の形をしている歯列弓をいう.
下顎歯列弓にみられることが多い.
(4)空隙歯列弓:歯間に空隙がある歯列弓をいう.顎と歯の大きさの不調和や舌が大きい,
歯数不足の場合などに認められる.
4)上下歯列弓の対咬関係の異常
上下歯列弓関係を判定するには上下顎骨相互の近遠心(前後)的,垂直(上下)的および左右(側方)的関係がどのような状態にあるかを把握する必要がある.
(1)近遠心的関係の不正
①上顎前突:中心咬合位において上顎歯列弓もしくは上顎前歯部が相対的に下顎より前方に
位置し,水平的被蓋(オーバージェット)が通常より大きい状態をいう.
②下顎前突:中心咬合位において下顎歯列弓もしくは下顎前歯部が相対的に上顎より前方に
位置し,オーバージェットがマイナスの状態をいう.
(2)垂直的関係の不正
①開咬:中心咬合位において上下顎前歯部の間に空隙があり,垂直的被蓋(オーバーバイト)が
マイナスの状態をいう.
②過蓋咬合:中心咬合位において前歯部のオーバーバイトが正常よりも深いものをいう.
③切端咬合:中心咬合位において前歯部のオーバージェットおよびオーバーバイトが0.0mm
のもので,上下顎前歯が切端同士で咬合するもの
(3)左右的関係の異常
①交叉咬合:中心咬合位において上下顎歯列弓が互いに左右(側方)的に交叉するような咬合
をいう.通常,左右側いずれか一方の臼歯部が反対に咬合するものをいう.
上下正中線の不一致,臼歯部の近遠心関係のずれを伴うことが多い.
・不正咬合が及ぼす影響
不正咬合は遺伝的な原因や環境的な原因が,複合的に関わり合うことで生じることが多く,不正咬合があることで,生理的,心理的両面より身体に悪影響(障害)を与える可能性がある.
1)咀嚼,発音機能など口腔機能の発育への影響
咀嚼とは,食物を咬断,粉砕,臼摩し食物を食塊として飲み込みやすくして,味覚を刺激し唾液や消化液の分泌を促進し,食物の消化,吸収を助ける重要な顎口腔機能の一つである.不正咬合の存在により咀嚼能率の低下や,明瞭な発音が困難になる場合がある.
2)顎顔面部の成長への影響
正常な咬合状態が存在する時,正常な機能あるいは適切な刺激により,その個体が持っている本来の成長発育力が発揮される.しかし,不正咬合の存在によって本来の成長発育力に支障をきたし,顎骨の過成長や成長抑制,左右非対称な形態に成長誘導される場合がある.
3)歯への影響(う蝕)
不正咬合は,口腔内の自浄作用を阻害し,その存在により食物片の残留,停滞が生じ易い.さらに,歯ブラシやフロスなどで取り残されるプラークが多くなりやすく,う蝕発生の誘因になると考えられる.
4)歯周組織への影響
口腔内の自浄作用が阻害され,また器具による清掃が行き届かない部位においてはプラークや歯石の沈着が生じやすくなり,歯肉炎,歯周炎などが発生する原因となる.
5)顎関節や口腔周囲筋への影響
顎運動機能の不均衡による顎関節部あるいは筋肉への加重負担が顎関節症(関節の雑音,疼痛,開口障害)を助長する場合がある.また,不正咬合の存在に対する口腔周囲筋の機能の順応により,筋機能の異常(悪習癖など)をもたらすことがある.
6)外傷の頻度,内容への影響
転倒,打撲による歯の破折や唇,舌の損傷が生じやすい.
7)咬合修復操作への影響
不正状態にあるために,う蝕あるいは外傷等により歯質の欠如や歯の欠損が生じた場合,その部位の修復処置がうまく行えない場合がある.
8)心理面への影響
年齢の大小,男女の違いに関わらず,不正な咬合状態が心理面に与える影響は小さくない.矯正歯科治療では,改善を必要とする歯の変化に伴い口唇を中心とした顔貌の変化が生じる.不正咬合やその存在による審美的障害の回復だけでなく,精神的にも社会的にも良好な満足できる咬合状態を獲得・維持することが大切である.
1)Angleの不正咬合の分類
Angle, E. H.が1899年に発表した上下顎歯列弓の近遠心的位置関係の評価法である.Angleの分類では,上下顎第一大臼歯の対向関係が頬側から見た時に上顎の近心頬側咬頭の三角隆線と下顎の頬面溝が接し,舌側から見た時には上顎の近心舌側咬頭が下顎の中心窩に咬合している状態を正常とする.
(1)Angleの不正咬合の分類の特徴
①上下歯列弓の近遠心的相互関係について分類
②上顎第一大臼歯が一定不変の位置であると定義(上顎第一大臼歯の位置不変説)
③上顎歯列弓を分類の基礎として,上顎歯列弓の位置そのものの異常を認めていない
④上下顎歯列弓の近遠心的関係だけで分類し,垂直的・側方的な位置関係については
触れていない
⑤上下顎歯列弓が頭蓋の中でどのような位置にあるか言及されていない
(2)Angle I級不正咬合
上下歯列弓が正常な近遠心的関係にあるもの
(3)Angle Ⅱ級不正咬合
下顎歯列弓が上顎歯列弓に対して正常より遠心に咬合するもの
1類:両側性の下顎遠心咬合で上顎前歯が前突し,口呼吸を伴う
2類:両側性の下顎遠心咬合で上顎前歯が後退し,正常な鼻呼吸を伴う
(4)Angle Ⅲ級不正咬合 下顎歯列弓が上顎歯列弓に対して正常より近心に咬合するもの
不正咬合による障害の予防・抑制・回復は,矯正歯科治療により行うことができる.治療の行われる時期により,以下のように分類される.
1)予防矯正(preventive orthodontics)
不正咬合の発現を予測し,それを予防することを目的とする治療.
乳歯齲蝕の予防や保存処置,早期喪失歯部の保隙,悪習癖の除去など.
2)抑制矯正(interceptive orthodontics)
不正咬合の原因が比較的明らかな場合,その原因を除去することにより不正咬合を解消もしくはその増悪を抑制することを目的とする治療.
悪習癖の除去,正中離開の原因となっている正中埋伏過剰歯の抜去や上唇小帯の切除など.
3)限局矯正(limited corrective orthodontics)
混合歯列期における数歯の不正や機能的障害の改善を行い,永久歯交換へのより良い環境を整えることを目的とする治療.成人の歯周病や補綴処置に関わる部分的な歯の移動(MTM:minor tooth movement)も含まれる.
歯槽性,機能性の不正咬合の改善を目的とした舌側弧線装置や部分的マルチブラケット装置による数歯の移動や機能的装置の使用,骨格性不正咬合の改善を目的とした顎外固定装置,狭窄歯列の改善を目的とした拡大装置の使用など.
4)本格矯正(extensive corrective orthodontics)
混合歯列期後期から永久歯列期における全顎にわたる治療.
一般にマルチブラケット装置を用いた歯列調整.
矯正歯科治療により獲得された新しい顎位・咬合状態を保持,安定させることをいう.自然保定,器械保定と永久保定に分けられる.
1)自然保定
矯正歯科治療により獲得された新しい顎位・咬合状態が装置を用いることなく自然の力で保持されること.
2)器械保定
自然保定が得られるまで器械的装置により保持すること.
3)永久保定
器械的保定を長期間行っても咬合の安定を得ることが困難であり,後戻りが予想される場合,補綴処置などの不可逆的処置で保定すること.
矯正歯科治療により移動させた歯がもとの位置に戻ろうとする現象をいう.防止・抑制のため,咬合調整や悪習癖の除去,オーバーコレクション(過度の矯正),長期の保定あるいは永久保定など状況に応じた再発防止策が必要となる.
1)相馬邦道,飯田順一郎,山本照子,葛西一貴,後藤滋巳編:第5版 歯科矯正学.医歯薬出版,東京,2008.
2)石川博之,川本達雄,北井則行,後藤滋巳,氷室利彦,槇宏太郎,三浦廣行,溝口到:改訂版 新しい歯科矯正学.永末書店,京都,2006.
3)槇宏太郎,後藤滋巳,石川博之編:歯科矯正マニュアル.南山堂,東京,2006.
1) 黒崎紀正・小口春久・岡野友宏・住友雅人・飯田順一郎・古郷幹彦 編集:小児歯科疾患・口腔病変・不正咬合 (イラストレイテッド・クリニカルデンティストリー),医歯薬出版 2002
2) 日本臨床矯正歯科医会神奈川支部 著:矯正歯科―歯並びと咬み合わせの最新治療 (専門のお医者さんが語るQ&A),健同人社 2002
3) 鈴木設矢 著:抜かない歯医者さんの矯正の話―2000の症例から語る,弘文堂 2001
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