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別名: PCOS
執筆者: 堂地 勉
多嚢胞性卵巣症候群(polycystic ovary syndrome、PCOS)は婦人科臨床上しばしば見受けられ、両側卵巣が腫大・肥厚・多嚢胞化し、月経異常、不妊、多毛、男性化、肥満などを伴う難治性の症候群である。
PCOSのこれまでの問題点には、1)クロミフェンに抵抗を示す症例がある、ゴナドトロピン療法により、2)卵巣過剰刺激症候群や、3)多胎妊娠が発生しやすい、などがあった。これらは排卵誘発法の工夫や体外受精胚移植の工夫(凍結胚移植などの導入)などにより解決されようとしている。PCOSの現在の問題点は、4)PCOSは将来的に、子宮体癌、糖尿病、高血圧症、高脂血症、動脈硬化症などの内分泌・代謝異常(メタボリック症候群)に進展しやすい1)2)、である。 PCOSは肥満を伴うことが知られている。しかし、肥満が体脂肪組織の過剰な蓄積であると定義すれば、その蓄積量の絶対量(肥満度)よりも蓄積部位の異常(体脂肪分布の異常)が様々な内分泌・代謝異常と関連して重要であることが明らかになりつつある。上半身型(内臓脂肪型)体脂肪分布は内臓(腸間膜や大網)に脂肪が過剰に蓄積し、下半身型体脂肪分布に比較して月経異常、高脂血症、糖尿病および高血圧症が多い3)。上半身型体脂肪分布と関連する高脂血症、高血圧症、動脈硬化症および糖尿病などの内分泌・代謝異常は、インスリン抵抗性(インスリンに対する感受性の低下)を共通の基盤として病因論的に密接に関連する疾患として認識されるようになっている。
本稿では、PCOSと体脂肪分布異常、インスリン抵抗性についての現状と今後の展開を述べる。
PCOSの診断基準 本邦におけるPCOSの診断基準が2007年(日本産科婦人科学会)に改定された。いくつかの除外基準はあるが、従来の診断基準よりもコンパクトになっている(表1)。詳細は別項に譲る。

PCOSと内分泌・代謝異常 1. PCOSの体脂肪分布異常とインスリン抵抗性 われわれは全身型dual-energy X-ray absorptiometry (DXA, QDR 2000, Hologic, USA)で身体各部位の脂肪量を測定し、躯幹・下肢脂肪量比(T/L)を体脂肪分布の指標としている3)。T/Lは内科領域におけるウエスト・ヒップ比に類似するが、ウエスト・ヒップ比より正確に体脂肪分布を評価出来る。われわれの検討では、T/L は有経女性(平均で約0.8)、PCOS (1.0)、男性 (1.2)、閉経女性 (1.4) の順に相互に有意差をもって上昇した。T/ L ≧ 1.0を上半身型体脂肪分布と定義すると、PCOSでは60.2% (68/112)、有経女性では35.5%(290/816)、閉経女性では73.9% (300/406)、男性では71.7% (66/92) が上半身型体脂肪分布(内臓脂肪型ともいう)を呈した2)。本田ら4)もPCOSの50%が上半身型であったと報告している。本邦のPCOSでは欧米に比べ肥満患者やインスリン抵抗性の率が低いと言われている。これには従来の本邦のPCOSの定義に欧米と差があったことも関係している。さらに人種、生活習慣、食生活も関連する。しかし、体脂肪分布を測定すれば体脂肪分布異常(上半身型体脂肪分布)を呈するPCOS患者が意外と多いのではないかと思われる。欧米の報告ではPCOSのインスリン抵抗性はglucose/insulin比を指標とした場合、65.4%、HOMA値を指標とした場合には77%に認められている5)。インスリン抵抗性を示すPCOS患者は肥満の傾向が強い。肥満が高度になると体脂肪分布は上半身型となる。しかし、PCOSのインスリン抵抗性は肥満とは独立して認められる6)。肥満はインスリン抵抗性の原因になるが、非肥満PCOSでもインスリン抵抗性が存在する(Dunaif, 1989)。このような症例は、一部上半身型体脂肪分布を呈している可能性もある。インスリン抵抗性などを基盤として発生するメタボリック症候群の診断基準の必須項目の一つは腹囲が90cm(女性)であるが、これはわれわれの測定している躯幹・下肢脂肪量比(T/L)よりむしろ躯幹脂肪の絶対量に類似する。体脂肪分布異常をT/Lで評価するか躯幹脂肪の絶対量で評価すべきかは、今後検討すべき課題である。 PCOSにおける高アンドロゲン血症とインスリン抵抗性の相互の関連については必ずしも明確ではない。Rajkhowaら7)は高インスリン血症と高アンドロゲン血症はindependentな関係であるとした上で、高インスリン血症は高アンドロゲン血症のbioactivity を上げる(SHBGを下げる)ことにより、PCOSのアンドロゲン作用を高めているという報告した。PCOSにインスリン抵抗性改善薬を投与すると、インスリン抵抗性と高アンドロゲン環境の両者とも改善するが8)、GnRH agonist投与で高アンドロゲン環境を改善しても、インスリン抵抗性も上半身型体脂肪分布も改善しない9)。このことはPCOS患者に見られるインスリン抵抗性(上半身型体脂肪分布と関連する)が高アンドロゲン血症より上流に存在している可能性を示唆する。 2. PCOSとメタボリック症候群 メタボリック症候群の病態には内臓脂肪蓄積やインスリン抵抗性などが関連する。PCOSを有する症例には高率にメタボリック症候群が合併していることが報告されている10)。メタボリック症候群とPCOSはともにその背景にインスリン抵抗性を有しており両者は高率に合併する11)。PCOS患者におけるメタボリック症候群の合併率は報告により異なるが、米国では37-46%とされている10)。ドイツでのPCOSのメタボリック症候群の合併率は33.8%(対照は7.3%)である12)。タイではPCOSの35.3%とする報告もある13)。われわれは、本邦ではそれほど高頻度ではないのではという印象をもっている。しかし、PCOSにおけるメタボリック症候群の頻度は人種(生活習慣などの違い)、患者の年齢やPCOSの診断基準によっても異なると思われる11)14)。メタボリック症候群を構成する要素の発生頻度は、低HDL(68%)、肥満(68%)、高血圧(45%)、高中性脂肪血症(35%)、空腹時高血糖(4%)の順となっている10)。 3. PCOSと高血圧症や糖尿病発生との関連性 女性は加齢や閉経によりT/Lが上昇していく。一方、肥満度の指標である体脂肪率も加齢とともに上昇するが、T/Lほど相関係数は高くなくlinear regression curveの傾きも大きくない。仮に体脂肪分布に年齢があるとすれば、PCOSの体脂肪分布年齢は50歳相当であった2)。このことは、PCOS患者は中高年以降に対照の10倍以上の頻度で糖尿病や高血圧症に進展しやすいという報告1)15)16)や、PCOSの妊娠例では対照の数倍以上の頻度で妊娠糖尿病に進展するという報告17)などの説明になる。 4. PCOSとアディポネクチン、インスリン抵抗性、相互の関連性 アディポネクチンは脂肪組織から発見された蛋白質である。その低下は糖代謝や冠動脈疾患などの発症に影響を及ぼし、インスリン抵抗性とも密接に関係しているとされている。アディポネクチンは、脂肪組織特異的な分泌蛋白であるが、body mass index (BMI)とは逆相関し肥満者ではむしろ血中濃度は低い。アディポネクチンは内臓脂肪量と負の相関を示し、皮下脂肪量とは相関を示さない18)。血中アディポネクチンの低下はインスリン抵抗性や動脈硬化発症のリスクとなる(Arita)19)。アディポネクチンはインスリン抵抗性と関連することから、PCOSの病態との関連性が注目される。河野ら20)はPCOS症例と非PCOS不妊患者を対象に、血中アディポネクチンの測定を行いPCOSとの関連性について検討した。血中アディポネクチン値40 μg/mlをカットオフ値として2群に分けた場合、アディポネクチン値が40μg/ml以下にはPCOSの20症例中13症例(65%)が存在し、40μg/ml以上には非PCOSの22症例中16症例(73%)が存在し、両群間に有意差が認められた(図1)。

Orioら21)はPCOSと非PCOS不妊患者をそれぞれの群で正常体重者と肥満者に分けてアディポネクチン値を比較し、それぞれ肥満者のアディポネクチン値が低く、非肥満者ではPCOSと対照でアディポネクチンの値に差がなかったと報告している(表2)。

河野ら20)はアディポネクチン値をあるcut-off値で区切ることにより、PCOS患者のLHが段階的に増加したことから、血中アディポネクチン値を指標にすることでPCOSの病態を持つ症例をさらに厳格に抽出出来るのではないかと示唆している。アディポネクチン値がPCOSの病態においてインスリン抵抗性の評価の指標となり、さらにはLHの基礎分泌にも関係していることは、アディポネクチンの分泌異常 (低下)がPCOSの病態形成に何らかの関与をしている可能性を示唆している。PCOSとアデイポネクチン、インスリン抵抗性は、今後の発展が期待される研究領域である。 5. PCOSとグレリン グレリンは胃より発見された生理活性ペプチドである22)。グレリンはG蛋白共受容体で28個のアミノ酸からなり、強力な成長ホルモン分泌活性を有するだけでなく、摂食刺激、脂肪の蓄積、胃酸分泌などさまざまな作用がみられ22)23)、ヒトでは食欲の亢進と脂肪利用の抑制によって肥満をもたらす働きがあることが知られている。PCOSでは肥満を呈することから、グレリンとPCOSとの関係についても論文21)24)25)が散見される。しかし、PCOS、グレリン、インスリン抵抗性の間には必ずしも一定の見解が得られておらず、今後の課題である。
PCOSに対するインスリン抵抗性改善薬の投与 PCOSの排卵誘発ではクロミフェンによる治療が無効なことがあり、排卵したとしても妊娠率はそれほど高くはない。クロミフェン抵抗性と反応性のPCOSの体脂肪分布では、クロミフェン抵抗性PCOS患者 (n = 41)のT/Lは1.3 ± 0.4であり、クロミフェン反応性 (n = 49) の0.9 ± 0.4に比較して有意に高かった26)。体脂肪率、体脂肪量、BMIもクロミフェン抵抗性で高かったが、多変量解析では、T/Lが唯一クロミフェンに対する反応を予測出来る責任因子であった(表3)。

このことは間接的にクロミフェン抵抗性PCOSにインスリン抵抗性やアンドロゲン高値の症例が含まれていることを示唆する。 PCOS患者の排卵誘発にインスリン抵抗性改善薬が使われるようになったのは比較的新しい。Hasegawa ら8)はインスリン抵抗性改善薬を PCOS患者に投与し、42.3%が排卵し高アンドロゲン血症も改善したと報告した。PCOS患者にメトホルミンを投与することによって高い頻度で排卵周期を確立することが出来るが、特に6ヶ月以上内服した群において有効性が確認されたという報告もある27)。De Leoら 28)はインスリン抵抗性改善薬メトホルミンをクロミフェン 抵抗性のPCOS患者に投与して外因性ゴナドトロピンに対する反応が改善したと報告した。メトホルミンはビグアナイド薬であり、肝臓からの糖放出用抑制、消化管からの糖吸収抑制、抹消での糖取り込み促進により血糖を降下させる。PCOSに対するインスリン抵抗性改善薬の投与はインスリン抵抗性、高アンドロゲン血症、多毛、男性型体脂肪分布の改善および排卵誘発に寄与する可能性がある。インスリン抵抗性改善薬はクロミフェンや副作用のあるゴナドトロピン療法に取って変わり得るPCOSの治療薬になる可能性がある28)。PCOS患者のreproductive healthやQOLの向上に大きく貢献する可能性がある。これまでの報告の多くがクロミフェン抵抗性PCOS症例に対するインスリン抵抗性改善薬の治療成績を検討したものである。PCOSもインスリン抵抗性を示すものと示さないものに大別出来る29)。インスリン抵抗性や上半身型体脂肪分布を有するPCOSがインスリン抵抗性改善薬の適応となるのかも知れない。故にPCOSでは治療に先立ち、①体脂肪分布を測定する、②glucose/insulin、③HOMA指数(空腹時インスリン値×空腹時血糖値÷405)、などを求めてインスリン抵抗性を評価する必要がある。しかし、正常インスリンの感受性を示しかつ肥満を伴わないPCOS患者においても、インスリン抵抗性改善薬を使用することによって排卵の頻度は増加し、高アンドロゲン血症の改善が期待出来るという29)。肥満を伴わないPCOS患者においてメトホルミンを6ヶ月投与することにより卵巣体積は縮小し、LH分泌が低下し月経周期が正常化したという報告もある30)。従って、どのようなPCOS患者にインスリン抵抗性改善薬を投与すべきかが、今後の研究課題となる。上半身型体脂肪分布の治療も肥満の治療と同様に運動療法、食事療法が基本である。薬物療法を行う場合でも、食事療法や運動療法の併用が必要である31)32)。肥満を伴ったPCOS患者においてもメトホルミンの投与、あるいは生活様式の改善によって体重減少が認められた場合には、排卵周期が回復する割合が高くなる33)。PCOS患者において、肥満の患者よりも肥満を伴わない患者がメトホルミンによって顕著な内分泌動態の改善がみられる34)。
上半身型(内臓脂肪型)体脂肪分布と関連する内分泌・代謝異常は、インスリン抵抗性を共通の基盤として病因論的に互いに関連した疾患として認識されつつある。PCOSは6割が上半身型体脂肪分布であり、躯幹・下肢脂肪量比は有経女性と男性の中間にあった。体脂肪分布は加齢によって上半身型体脂肪へ移行する。体脂肪分布に年齢があるとすればPCOSの体脂肪分布年齢は50歳であった。このことは、「PCOSは長期的には糖代謝や心血管系異常に進展しやすい」の一つの理由となる。これにPCOSのインスリン抵抗性が関わっている可能性がある。インスリン抵抗性改善薬はPCOSの内分泌・代謝異常、排卵誘発の改善に有用であるが、生活習慣の改善、運動療法、食事療法が優先する。
日本産科婦人科学会雑誌 第60巻特集号
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS) PCOSとインスリン抵抗性の関連性 (Insulin Resistance in Polycystic Ovary Syndrome) ―現状と今後の展開―
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