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最終更新日:2010.09.02

過敏性腸症候群(かびんせいちょうしょうこうぐん)

Irritable Bowel Syndrom, IBS

執筆者: 宮沢 麗子

概要

 過敏性腸症候群とは、大腸を中心とした消化管の機能異常により、排便に伴う腹痛や腹部不快感、あるいは下痢や便秘などの便通異常を慢性的に訴える症候群である。過敏性腸症候群を特異的に診断するための検査はなく、本疾患以外に腹痛や便通異常を起こすような炎症、腫瘍、内分泌異常など器質的疾患の除外のための検査が必要になる。排便のパターンにより、(1) 便秘型、(2) 下痢型、(3)下痢・便秘混合型、(4) その他の4群に分類される。
 
 過敏性腸症候群の症状を有する人は一般人の中に極めて多く、成人と思春期年齢のおよそ5~10人に1人の割合でみられる。男性より女性の方が多いとされている。一方、小児過敏性腸症候群の患者は、中学生で6%、高校生で14%と年齢とともに増加する。

 過敏性腸症候群の診断基準としては、成人ではマニング分類 1) とローマ基準 2) が広く使用されてきたが、いずれの診断基準も小児患者を考慮したものではなかった。1999年、ローマ基準がローマ II 基準 3) として改訂され、その中で初めて小児の機能性消化器障害のひとつとして過敏性腸症候群の診断・治療指針が示された。2006年に発表されたローマ III 基準 4) では、小児の章は新生児・幼児 (4歳未満) と小児・思春期 (4~18歳) の2つに分けられた。小児過敏性腸症候群はその小児・思春期の章において、腹痛に関連した機能性消化器障害のひとつとして示されている。

 本疾患による腹痛や便通異常そのものでは致死的となることはないが、腹痛や下痢で学校生活に支障をきたす、加えて疾患について周囲の理解が得られにくいなど、患者の精神的苦痛は軽微なものといえない。不安、緊張などの自律神経失調症状が強い患児や抑うつ状態にある患児では、精神科医を含めた専門医への紹介が必要となる。

病因

 過敏性腸症候群の病因は確定されていないが、内臓神経の過敏性により健常人に比べて“痛み”を感じやすくなっているといわれている。また、消化管運動の異常、神経系と消化管を仲介する神経伝達物質の不均衡、精神的ストレス、感染症・炎症、大腸粘膜の損傷、アレルギー、その他遺伝的素因などとも関連している。小児期特有の原因についての報告はみられていない。

内臓神経の過敏性

 過敏性腸症候群の患者では、大腸内でバルーンを膨らませたときの痛みや腹部膨満感が健常人よりも程度が強いことが報告されている。これらの反応には神経伝達物質であるカテコラミンやセロトニンが関与していると考えられている。

消化管運動の異常

 50年以上にわたり、過敏性腸症候群の患者での大腸や小腸運動の異常が研究されている。精神的・肉体的なストレスや食事の摂取、脂肪を多く含んだ食事などが大腸の収縮運動に影響を与える。また、過敏性腸症候群の患者では、空腹時の小腸運動も健常人のそれと異なることが報告されている。

精神的要因

 精神的なストレスは、過敏性腸症候群の患者はおろか健常人に対しても小腸や大腸運動に影響を与える。外来受診する患者のおよそ6割は、病気に対する心配や抑うつ感、不安感を持っているが、過敏性腸症候群の患者では“お腹の症状”のために病院にかかったことのない人よりもこのような精神的症状を認めやすい。

神経伝達物質の不均衡

 過敏性腸症候群の患者では消化器症状と消化器以外の症状が混在することが多い。これは腸-脳-腸の関係に変化が生じた場合に起こり、病態にはセロトニンが大きく関わっている。人体中に存在するセロトニンの大半は消化管に存在する。セロトニンが小腸の粘膜にあるクロム親和細胞内から放出されると末梢神経を刺激し、消化管の蠕動や腸液の分泌、血管拡張、痛み反射を引き起こし、その結果、吐き気、嘔吐、腹痛、腹部膨満感などの消化器症状を起こす。

その他

 CGRP、アセチルコリン、サブスタンスP、一酸化窒素,VIPなどの神経伝達物質も機能性消化器障害では重要な役割を果たしており、消化管運動の異常や内臓神経の過敏性だけでなく腸管-中枢神経にも関与し、消化器以外の症状を引き起こしている。

臨床症状

自覚症状

 臨床症状は軽快と悪化を繰り返し、長期間にわたり経過する。治療の結果、症状は軽快しても完全に消失することは少ない。

 腹痛は腹部全体にみられるものから、左下腹部痛や心窩部 (みぞおち) 痛などその部位はさまざまである。腹痛や腹部不快感は“排便により軽減”することが多く、診断の決め手ともなる。下痢型では下痢となり、便秘型では兎糞状の糞便となる。嘔気・嘔吐、食欲不振などがみられることもある。

 病悩期間が長期にわたることから、不安、抑うつ感、焦燥感、緊張感、不眠などの精神症状を認めることもある。また、起立性調節障害を合併する児では、倦怠感、頭痛、立ちくらみ、めまいなどの全身症状を伴う。

他覚症状

 過敏性腸症候群に特異的な他覚症状はない。腹部圧痛や腸雑音の亢進あるいは減弱を認めることが多い。

検査成績

 過敏性腸症候群を診断するための特異的な検査はない。貧血・肝機能・尿検査、炎症反応、便培養、便潜血反応、消化管内視鏡検査では明らかな異常を認めない。患児の成長が正常であることの確認は重要であり、成長に異常が認められる場合には他疾患の可能性を念頭におく必要がある。

診断・鑑別診断

ローマ III 基準における“小児過敏性腸症候群の診断基準”を表1に示す。



問診・理学所見を入念に取った後、表2にあげる“診断を支持する症状”を認める場合、過敏性腸症候群の可能性が高くなる。



便性の評価にはブリストル便性状スケールが用いられる (表3) 。



 過敏性腸症候群の診断では自覚症状が診断基準と合致することを確認するとともに、本疾患以外に腹痛や便通異常を起こすような炎症、腫瘍、内分泌異常など器質的疾患の除外が重要である。表4に示す“腹痛をきたす器質的疾患の徴候”を認める患児では、過敏性腸症候群以外の器質的疾患の存在を疑い、4.検査成績に記載してあるような検査項目を参考に除外検査を行う。


表4. 腹痛をきたす器質的疾患の特徴

 排便により腹部症状が軽快する場合や明らかな便性の変化を認める場合は、詳細な問診を取ることで診断がつくことが多いが、診断がつかず過剰検査になることも少なくない。前述したとおり、過敏性腸症候群を診断するための特異的な検査はない。大切なことは、本疾患の症状やメカニズム、予後を詳しく説明し患児と家族の理解を得ることで、不必要な負担の多い検査を避けるように心がけることである。やむを得ず侵襲的な検査を計画するときには、患児、保護者と相談の上、慎重にその適応を検討する。

 なお、過敏性腸症候群の鑑別疾患としては、感染性腸炎、クローン病、潰瘍性大腸炎などの炎症性腸疾患、消化性潰瘍、乳糖不耐症、大腸憩室症やポリープ、単純性便秘その他各種吸収不全症候群などの消化器疾患のほか、甲状腺疾患、糖尿病などの全身性疾患に伴う便通異常、婦人科的疾患などが挙げられる。

 過敏性腸症候群の疑いが強いと判断した段階で、後述する生活指導や薬物療法により治療を行いながら診断を進める。

治療

 治療の目標は、“症状の軽減”と“症状に対する対処法を知る”ことである。そのためには、患児とその家族が疾患を理解することが重要である。腹痛や腹部不快感は気のせいではなく“存在する”こと、過敏性腸症候群は不快ではあるが重篤な疾患ではないことを繰り返し説明し、納得させることが重要である。

 後述する生活指導を中心に個々の患者にあった治療を目指し、薬物療法を併用することにより便通異常や腹痛の改善、あるいは精神的苦痛の軽減を図るように努める。適切な生活指導や薬物療法を行っても症状が持続する場合、再度の器質的疾患の除外や精神科医を含めた専門医への紹介を考慮する。


生活指導

 患者と家族から生活状況や心理的ストレスについて丁寧に問診を行い、腹痛の改善や便通の正常化には時間がかかることを十分に説明する。学校の教師や養護教諭に対して、過敏性腸症候群の概念や患児の病態を説明することによって、患児の学校生活が改善される場合が少なくない。

 小学校高学年から中学生になると、学校で排便をすることに対して羞恥心から我慢してしまう患児が少なくない。この傾向は男児で特に強くみられる。排便や排ガスを我慢することで、さらに腹痛や腹部不快感が悪化し学校生活に支障をきたす症例では、腹痛や便意をもよおした時にトイレや保健室に行きやすい環境を整えて置くことで、腹痛や腹部不快感に対する不安感が軽減する場合がある。

 ここで、筆者が経験した10歳の男児例の経過を述べる。A君は腹痛のためにときどき学校を遅刻・早退していた。筆者から担任の先生に患児が過敏性腸症候群であることを伝え、担任がクラスの児童に“A君はお腹が弱く通院している”ということを話し、A君が授業中に手を上げたら保健室に行っていることにした。A君は実際にはトイレで排便し、腹痛が軽減したところで再び授業に戻ることで、学校での腹痛に対する不安感が少なくなり、遅刻・早退をほとんどしなくなった。

 一方、腹痛や腹部不快感が、カフェインや高脂肪食、排ガスを多くする野菜 (イモ類、豆類、玉ねぎ、ゴボウ、果物) 、甘味料としてソルビトールを含む菓子の摂取後におこりやすい患者では、これらの食品の摂取を制限することも有用である。便秘型の患児では、食物線維を多く (年齢+5 gあるいは20~30 g/日) 摂取することも推奨される。


薬物療法

 過敏性腸症候群の治療として使用される薬剤を表5に示す。これらの薬物療法は、疾患を完全に治癒する治療ではなく、症状を軽減するための対症療法である。その多くは比較試験によってその効果が証明されたものではなく、経験的に使用されている。抗うつ薬やセロトニン受容体作動薬が成人の過敏性腸症候群に対しては有効との報告があるが、慢性腹痛を認める小児に対する効果は明白ではない。


表5. 過敏性腸症候群に対する薬物療法

予後

 過敏性腸症候群の生命に対する予後は致死的なものではないが、長期にわたり症状が改善と悪化を繰り返すことや周囲に疾患の理解が得られにくいことなどから、腹痛や下痢で学校生活に支障をきたしたり、病気を自分自身だけで抱え込んでしまったりするなど、患者の精神的苦痛は決して軽微なものといえない。

 患児の症状、心理状態、重症度を見極め、焦らずに個々の患児に合った症状のセルフコントロールに心がける。患者と家族が疾患を受け入れ、腹部不快感をコントロールすることで、患者と家族のQOLが向上しうることを強調したい。

最近の動向

 以下にあげる最近の薬物治療は海外での成人過敏性腸症候群に対する有効性の報告であり、今後、小児への適応の可能性が示唆される。

アロセトロン (商品名:ロトロネックス)

 重症の下痢型女性に有効な選択的セロトニン5-HT3受容体拮抗薬。米国では、2002年からとして下痢型女性に使用が認められている。

テガセロド (商品名:ゼルマック、ゼルノーム)

 便秘型女性に有効な選択的セロトニン5-HT4受容体作動薬。

プロバイオティクス

 “プロバイオティクス”機能を持つ微生物を摂取すると、それが消化管内の細菌叢に作用し、疾病の予防・改善を行う。近年、乳酸菌の一種であるラクトバチルスとビフィドバクテリウムが過敏性腸症候群の症状軽減に効果的であることが報告された 5-7)。

参考文献

1) Manning AP, Thompson WG, Heaton KW, Morris AF. Towards positive diagnosis of the irritable bowel. Br Med J 2: 653-4, 1978.

2) Thompson WG, Greed F, Drossman DA, Heaton KW, Mazzacca G. Functional bowel disease and functional abdominal pain. Gastroenterology Intl 5: 75-91, 1992.

3) Thompson WG, Longstreth GF, Drossman DA. The functional gastrointestinal disorders: diagnosis, pathophysiology and treatment. 2nd ed. McLean, Va. Degnon, 355-75, 549-554, 2000.

4) Rasquin A, Di Lorenzo C, Forbes D, Guiraldes E, Hyams JS, Staiano A, Walker LS. Childhood functional gastrointestinal disorders: child/adolescent. Gastroenterology 130: 1527-37, 2006.

5) O'Mahony L, McCarthy J, Kelly P, Hurley G, Luo F, Chen K, O'Sullivan GC, Kiely B, Collins JK, Shanahan F, Quigley EM. Lactobacillus and bifidobacterium in irritable bowel syndrome: symptom responses and relationship to cytokine profiles. Gastroenterology 128: 541-51, 2005.

6)Gawronska A, Dziechciarz P, Horvath A, Szajewska H. A randomized double-blind placebo-controlled trial of Lactobacillus GG for abdominal pain disorders in children. Aliment Pharmacol Ther 25: 177-84, 2007.

7)Whorwell PJ, Altringer L, Morel J, Bond Y, Charbonneau D, O'Mahony L, Kiely B, Shanahan F, Quigley EM. Efficacy of an encapsulated probiotic Bifidobacterium infantis 35624 in women with irritable bowel syndrome. Am J Gastroenterol 101: 1581-90, 2006.

8) Youssef NN, Langseder AL, Verga BJ et al: Chronic childhood constipation is associated with impaired quality of life: a case-controlled study. J Pediatr Gastroenterol Nutr 41:56-60,2005      

9) 三木和典:慢性便秘の原因と管理.小児科診療70:980-984,2007

10) Di Lorenzo C, Rasquin A, Forbes D et al: Childhood functional gastrointestinal disorders: Child/Adolescent. Drossman DA (eds): Rome Ⅲ. The functional gastrointestinal disorders 3rd ed, McLean, Va. Degnon, pp723-777,2006      

11) 松藤凡,中村晃子,中川真智子・他:乳児期の排便回数の推移.小児外科40:142-145,2008      

12) 若林康子,岡田和子,杉原茂孝.小児慢性便秘症のトイレットトレーニングに及ぼす影響.日本小児科学会雑誌110:326,2006

執筆者による主な図書

1) 五十嵐隆 編集:「小児科診療ガイドライン-最新の診療指針」過敏性腸症候群(宮沢麗子、友政剛 執筆),総合医学社

2) 「小児内科41巻12号 小児の便通異常-診断・治療・管理の進歩」機能性便秘と過敏性腸症候群(宮沢麗子 執筆),東京医学社

執筆者による推薦図書

1) 「小児内科 2002年 Vol.34 増刊号 小児疾患診療のための病態生理」過敏性腸症候群(清水俊明 執筆),東京医学社

2) 「小児内科 41巻12号 小児の便通異常-診断・治療・管理の進歩」単一症候性下痢と過敏性腸症候群(藤武義人 執筆),東京医学社

3) Di Lorenzo C, Rasquin A, Forbes D et al.:(Rome Ⅲ. The functional gastrointestinal disorders.)Childhood functional gastrointestinal disorders: Child/Adolescent.,McLean

4) 福土審、本郷道夫、松枝啓 監訳:Rome Ⅲ(日本語訳),協和企画

(Mymedより)推薦図書

1) 松枝啓 編集:過敏性腸症候群の診断と治療―Rome3新診断基準を踏まえた合理的アプローチ,医薬ジャーナル社 2009

2) 伊藤克人 著:過敏性腸症候群はここまで治る,主婦と生活社 2003
 

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