先天性無歯症 - MyMed 医療電子教科書

MyMed(マイメド)は、究極の医療電子教科書の作成を通じて、利用者のニーズにあった理想的な医療情報サイトを作ろうというプロジェクトです。

MyMed


このページを印刷
最終更新日:2010.11.12

先天性無歯症(せんてんせいむししょう)

anodontia

執筆者: 蔵重 潤児 大畑 昇

概要

 ヒトの歯の正常な数は、乳歯が20(乳切歯8、乳犬歯4、乳臼歯8)、永久歯が32(切歯8、犬歯4、小臼歯8、大臼歯12)である。各歯牙を簡単な符号で表したものを歯牙記号といい、歯列を構成する歯種とその数とを歯牙記号で簡単に表示したものを歯式という。本邦では乳歯をローマ数字(Ⅰ~Ⅴ)またはアルファベット小文字(a~e)で表し、永久歯をアラビア数字で表した藤田1)の歯式が最も多く使われる。歯式は歯が欠損している場合や、交換期にあって乳歯と永久歯とが混在している場合でも、個体の歯群の状態を明確に図表示できるのが特徴である(図1)。                                   


図1


 歯牙が1コ以上不足しているものを歯数不足症といい、先天性に不足している(歯胚成長が先天的に欠損している)場合に真性歯牙不足症、乏歯症あるいは先天性無歯症(anodontia)と呼び、また外傷、炎症、手術等によって欠如したものを仮性歯牙不足症あるいは後天性無歯症と呼ぶ。 ヒトの歯の正常な数は乳歯が20、永久歯が32と説明したが、歯の数、形や色に関して、正常と異常という概念を厳密に定義し、これを変異や奇形とはっきり区別することは困難である。歯科臨床においては、歯の欠損に対して有床義歯や橋義歯(ブリッジ)による補綴処置を行うことが日常臨床であるので、他に遺伝的疾患や全身的疾患が認められない先天性無歯症の場合は、「普通とは変っている」という意味の常識的解釈でよい。ただし、小児期における「乳歯は永久歯に生え代るため一時的なもの」という一般的常識は通用しないので、乳歯といえども永久歯と変わりなく貴重な天然歯であると考えて、う蝕予防に心がけ、出来るだけ長期保存することが重要である。

 先天的無歯症の疑いがある場合は、それを否定するためには、過去における抜歯や外科手術の病歴の存在が肝要である。稀にではあるが、乳歯の抜歯の際、後続永久歯の歯胚が抜去されることがあるからである。歯胚の欠如と、歯の形成は行われたが萌出しない状態との区別はX線写真撮影検査によって行われる。

 先天性無歯症には完全無歯症(complete anodontia)と部分的無歯症(partial anodontia)とがある。乳歯と永久歯を含めた完全な無歯症あるいは完全に近い部分無歯症の発現は、一般には遺伝あるいは全身疾患によるとされているが、定説はない。全身的症状の一つとして外胚葉性異形成症(ectodermal dysplasia:皮膚およびその付属器を含む外胚葉性組織の先天性欠損)と関連する汗腺、頭髪、爪あるいは虹彩の形成異常などが認められることもあるが、外胚葉性異形成の認められない場合もある。
小児に対する歯科治療の目的は、咀嚼器官の成長発育に障害を与える因子となる歯および歯周組織の疾患を予防し、疾患にかかった場合には早期発見・診断を行い初期治療または経過観察を継続することにより、健全な成長発育を促すことにある。いいかえれば個体のもつ独自の咀嚼系の成長発育過程のなかで、乳歯列期、混合歯列期および永久歯列完成期を通して機能的な咬合の調和が保たれるように管理し、顎骨の成長発育的変化に適応させながら、正常な有歯顎の成人咬合まで誘導させていくことである。その中で、小児の先天性無歯症患者においては、義歯装着により咀嚼機能および構音機能の改善とともに整容的改善を図り、同世代とのコミュニケーション能力の育成をめざすべきである。すなわち口蓋裂のような先天的疾患と同様に、患者の成長・発育を考慮したノーマライゼイションを主目的とした歯科医療でなければならない。
成人期から壮年期、高齢期における先天性無歯症に対する歯科治療は後天性無歯症と同様に患者のライフサイクルにあわせたQOLの維持・向上を主目的とした歯科補綴治療が中心となる。

病因

 原因に関してはいまだ定説はなく、報告者によって種々な見解がある。個々の歯の先天欠如は、家族的に出現するといわれているが、偶発的に出現することもあり、遺伝的要因、内分泌腺障害、妊娠初期(胎生6週前後)における母体の疾患と栄養障害などがあげられている。また複数の歯の欠けている先天性部分無歯症の原因は系統発生学的意義を有する退化現象として説明されている。この現象の発現にも遺伝的傾向があり、第三大臼歯や上顎側切歯では欠如する過程を示す萎縮形が少なくない。藤田は「部分的無歯症における歯の欠如には一定の規則性があり、無秩序におこるものではない」とし、その規則性の第一は「欠如するのは主に代生歯と大臼歯で、いわゆる乳歯はこれらに比べるとずっと安定である」、第二は「乳歯列および代生歯列の各々において、欠如すべき歯の順位が決まっている」とし、図2に示す歯の退化法則を解説している。欠如する順位とは、切歯部・犬歯部・臼歯部の各々が独立に退化し得るが、その際、切歯では上顎では遠心側から、下顎では近心側から、臼歯部ではすべて遠心側から消失すると述べている。

 
図2                                    

 完全無歯症は外胚葉性異形成と関連していることがあり、外胚葉系組織の異形成あるいは無形成を特徴とする遺伝的疾患に関連していることもある。しかし完全な無歯症あるいは完全に近い部分無歯症が,外胚葉性異形成のない場合にも存在する。

病態生理

 頭蓋顎顔面の骨格は頭蓋骨と下顎骨から構成されるが、上顎骨体は頭蓋骨と上顎歯槽骨の成長発育に影響を受け、下顎骨体は筋骨(顎角部と筋突起)と下顎歯槽骨の成長発育に影響を受ける(図3)。                                    



図3

 しかし、顎骨体部の成長発育ならびにその形態は、歯牙の発育、萌出に直接的な関係は少なく、遺伝的成長型に従って成長発育する傾向が強いといわれている。上顎骨体部は頭蓋骨(層板骨)の成長発育に伴うため14~5歳で成長のピークに達し、下顎骨体は長管骨であるため四肢の成長発育と同じに16~7歳でピークに達するといわれている2)

 先天性無歯症の場合は歯牙の発育、萌出がないので歯槽骨ならびに顎堤部の発育不全となり、咬み合わせの高さ(咬合高径)が低くなる。そのため身長とともに下顎骨体が成長するに伴い、下顎前突(アングルの不正咬合の分類3):第3級)の容貌を呈するようになる。顔貌の整容的改善と、歯の欠損による咀嚼機能および構音機能を回復・改善するためには、個々の患者の成長発育期(乳歯列期、混合歯列期、永久歯列期)に合わせて、きめ細やかな義歯の製作と調整を繰り返すことが肝要である。

臨床症状

 個々の先天性欠如の頻度の高いのは第三大臼歯(智歯)で、ついで上顎の乳側切歯、永久歯側切歯、第二小臼歯である。先天性部分無歯症の場合には、臨床的には先行乳歯の晩期残存を随伴する場合が多い。すなわち、後続永久歯の欠如により乳歯の歯根吸収が発現せず、しばしば成人になるまで歯列内に残留しやすい(乳歯晩期残存)。また、永久歯列の咬合平面に達しないまま低位の状態で永久歯列内に残って低位乳歯(submerged primary teeth)となる。また対合歯が永久歯の場合は、歯冠の大部分が咬耗により失われている場合が多い。その結果、咬合高径が低くなり下顎骨の成長と共に下顎前突(アングルの不正咬合の分類:第3級関係)の側貌(プロファイル)を呈するようになる。

検査成績

 完全無歯症および完全に近い無歯症の疑いがある場合は、1歳児および3歳児検診の際に乳歯の萌出が全く認められないこと、さらに6歳児検診で第一大臼歯の萌出が認められないことを確認し、パノラマX線写真または頭部X線写真により歯胚および埋伏歯の存在がないことを確認する。

 部分無歯症の疑いがある場合は、永久歯の萌出が遅く、かつ過去における抜歯や外科手術の病歴がないことを問診し、パノラマX線写真撮影検査により歯胚および埋伏歯の存在がないことを確認する。また頭部X線規格写真撮影とセファロ分析を行い、低位咬合による下顎前突の傾向にあるかどうかを診断し、発語明瞭度等を参考にして、義歯により咬合高径を挙上するか否かの判断を行う。

 先天性無歯症の場合は、検査成績によって治療法が左右されるということはない。その理由は概要で前述したが、治療法としては歯科的に欠損補綴処置で対処することしかないからである。だから国際障害分類(WHO;1980)では機能障害(impairment)に含めるよりは能力障害(disability)の範疇に含めるべきと筆者らは考えている。いわゆる補綴装置(義歯)という道具を用いたリハビリテーション(機能回復訓練)あるいはハビリテーション(育成訓練)というアプローチが求められるからである。さらにWHOの第10回国際疾病分類(ICD-10:1995)の器官系別疾患群分類では第21番目の健康に影響を及ぼす要因および保健サービスの利用に該当すると考えるからである。そうであればこそ、補綴装置を製作し装着するまでの歯科的処置より、補綴装置を装着した後の長期にわたる丁寧なメインテナンスの方がより重要であるが、残念ながら個々の症例の詳細な長期経過報告は著者等4,5)の他は、ほとんど見当たらない。今回供覧する2症例の報告が、本邦における先天性無歯症に対するメインテナンスを中心とした長期経過症例報告の先例となれば、幸いである。

治療

 適切な時期に、適宜補綴処置すなわち義歯の製作を要する。完全無歯症および完全に近い無歯症の場合は、1歳児検診で乳歯の萌出がないことを指摘されるので、近医の歯科医あるいは小児歯科専門医を受診し、早期に乳歯列義歯の製作を行うことが、肝要である。乳歯列義歯を製作する第一の目的は、生涯にわたり義歯装着を余儀なくされるため、まずは患児に義歯を装着することに慣れてもらうことにある。一般的には幼児に義歯を装着させるのは無理だと考えられるかもしれないが、実際には大人より子供の方が義歯を上手く使いこなすものなのである。その際、幼児に歯科治療に対する恐怖感を与えないことが肝要であり、そのためには家族の協力が必要不可欠である。第二の目的は、発語の際の歯音と歯茎音を獲得するためである。第三の目的は義歯装着により固形食物の咀嚼ができるようにするためである。義歯製作用模型をつくるためには上下の顎堤を印象採得しなければならないが、1歳児まで成長すればアルジネート印象材で安全に印象採得を行うことができる。要は患者のノーマライゼイションを第一に考えて丁寧に診療してくれるホームドクター的歯科医師に継続的に診てもらうことである。

 適切な時期に適切な補綴処置を施した事例として、2症例を供覧する。

症例1:完全に近い先天性無歯症の初診時(1歳6か月♂)から12年後(13歳)までの治療経過。

1)乳歯列期の義歯:

 1歳児検診で乳歯が1コも認められない場合は、早期に近医の歯科医に相談するべきである。2歳までには乳歯列義歯を装着し、3歳児検診までには完成乳歯列義歯を上手く使えるようにする(図4、5)。3歳から5歳までは顎の成長に合わせて、適宜、乳歯列を拡大した義歯を製作する(図6)。その際、顎堤は前後的、左右的さらには上下的にも発育成長するので、月に1回は粘膜面の調整を繰り返し、6か月に1回は義歯を作り変えるぐらいの、丁寧な歯科治療を心がける必要がある。                                


図4


図5


図6

2)混合歯列期の義歯:

 小学校入学前に頭部X線写真やパノラマX線写真を撮影し、永久歯の歯胚の存在を確認することが肝要である(図7)。永久歯の歯胚が確認できた場合は、萌出を妨げないように注意しなければならない(図8)。具体的には萌出誘導させる部位の義歯床を拡大するとともに、義歯粘膜面を削合して若干のスペースを確保する。歯が萌出したら、萌出部位の義歯床をくり抜き、萌出を妨げないことが肝要である。また永久歯前歯を順次排列して、混合歯列期の自然感を出すようにする(図9、10)。                              


図7


図8


図9


図10

 
3)永久歯列期の義歯:

 一般的には12歳臼歯といわれる第二大臼歯の萌出により、永久歯列の完成となるが、本症例では13歳でも埋伏したままである。しかし、義歯の咬合高径を適正に保ち、上顎骨の成長発育を抑制しないように義歯の調整を継続すれば、萌出遅延があっても右側第二大臼歯は萌出できるものと考えている(図11)。                                   


図11


症例2:永久歯24歯の欠如を伴う先天性部分無歯症の初診時(15歳♀)から32年後(47歳)までの治療経過。

1)中学から高校生までの補綴処置:

 乳歯列が萌出した先天性部分無歯症の場合、小児期においてウ蝕等で歯科医を受診し、永久歯の歯胚を確認せずに安易に抜歯される場合がある。症例2においても両側の下顎第二乳臼歯がう蝕歯という理由で過去に抜歯されていた。後続永久歯の歯胚がない場合は抜歯部位の歯槽骨の吸収がおこり、義歯を装着しないで放置すると顎堤が痩せ尾根状に細く低くなる。その理由は義歯床による顎堤形態の維持とリズミカルな咀嚼刺激がないため、歯槽骨が吸収するとともに軟組織(付着歯肉)も萎縮すると考えられている。本症例においても下顎臼歯部顎堤の萎縮が顕著である(図12)。また、対合歯が永久歯となった晩期残存乳歯はエナメル質の咬耗により象牙質が露出し、歯冠部の摩滅が顕著となる。その結果、咬合高径が低下して、下顎前突の側貌となる。患者は安静位空隙を大きくして、下顎前突の容貌にならないような顎位を保持するため、舌を上下の前歯の間に挟み込む習癖を獲得している場合が多い。図12に示す初診時の上顎中切歯の離開は舌圧によるものと考えられる。                                  


図12   

 図13に示すように、晩期残存乳歯には歯根の部分的吸収像が認められるが、後続永久歯の萌出に伴うものであって、永久歯の萌出後に歯根吸収は進行しない。それゆえに補綴の支台歯として利用できるため、乳歯だからという理由で安易に抜歯をしないことが肝要である。また症例2の歯列(図14)は前述した藤田の歯の退化法則にあてはまることが解る。                                

 
図13 


図14

 両側顎関節のクリック音も認められたため、安静位空隙と顔貌から判断して咬合挙上量は6mm行うこととした。常温重合レジンを用いて上顎用スプリントを装着し、クリック音も消失したので、スプリントの咬合位で上下の暫間義歯および残存歯には暫間クラウンによるウ蝕修復処置を行った(図15)。

                                

図15

 一次長期補綴処置としては16歳時に、支台歯に硬質レジン前装冠および全部金属冠をセメント合着した後、印象採得を行い、白金加金による可撤式部分金属床義歯を製作した(図16)。義歯装着後の指導として、食事後と就寝前に義歯を外してのブラッシングを丁寧に行うこと、就寝時にはウ蝕予防のため義歯を外しておくように注意した。なお、年に1回は経過観察のため受診を勧めたが、患者は具合の悪いところはなく、学業に忙しいとの理由で来院しなかった。                                


図16

2)成人期の補綴処置:

 患者が22歳の時に、上顎の可撤式義歯を固定式ブリッジにして欲しいとの主訴で一次補綴6年後に再来院した。特に義歯の維持力が弱くなった訳でもなく、またプラークコントロールも良好で残存歯にウ蝕が発生した訳でもないため理由を訊ねると「半年後に結婚することになったが、下顎義歯はともかく、上顎義歯を取り外すのは絶対に嫌だ」とのことであった。患者の強い意志と乳歯に動揺は認められなかったため、上顎中切歯に部分被覆冠(ピンレッジ)、乳犬歯に陶材焼付鋳造冠の支台装置とした固定式ブリッジを装着した。なお乳側切歯の全部金属鋳造根面板はそのまま残して、陶材焼付鋳造ポンティックとした(図17)。なお、ブリッジ装着後の指導として、6か月毎の経過観察は必ず受診することを約束した。                                  


図17   

 二次補綴処置1年後から、患者の夫の転勤により遠隔地へ転居することとなった。患者の治療経過についての文献4)コピーを渡し、歯科治療が必要になった場合に近医の歯科医に読んでもらうように説明した。転居後、患者は出産・育児で忙しく、しばらく近医の歯科医へ行けないとの連絡があった。

 二次補綴5年後に、上顎前歯がウ蝕で沁みるようになったため、文献を持参し近医を受診したところ、「開業医では治療が難しいので最初に治療した大学病院で治療をやり直してもらうように」と説得されたとの連絡があり、お盆休みを利用して当科で三次補綴処置を行うこととなった。上顎左右中切歯は、セメントが漏洩して二次う蝕となっており、ブリッジを除去した。

 二次う蝕発生の原因についてはブリッジの橋脚である支台装置の構造設計の誤りであると考察した。つまり、動揺が少ない方の支台歯(永久歯)に維持力が小さい部分被覆冠支台装置とし、動揺がある支台歯(晩期残存乳歯)に維持力の大きい全部被覆冠支台装置とした基本的設計が誤りであった。支台歯の動揺が大きければ歯をブリッジの方に一体化できれば十分であり、動揺が小さい支台歯にはブリッジ全体の荷重を支えるべく維持力が大きく構造的強度に優れた全部被覆冠の設計にすべきであった。二次補綴の設計では6本分の橋の長さ(スパン)のブリッジ全体を中央の2本の中切歯のピンレッジで支えたことになり、咬合力により両端で揺すられたブリッジはピンレッジの切縁部合着セメントを破壊してしまうのは当然の成り行きであった。
ウ蝕となった2本の中切歯の歯髄は軟化象牙質を除去し幸いにも保存することができたので、陶材焼付鋳造冠の支台歯形態に修正した。ブリッジ両端の支台歯である乳犬歯については、セメント漏洩は僅かであったため、これらも陶材焼付鋳造冠の支台歯形態に修正し、支台装置およびポンティックのブリッジの構成要素を全て陶材焼付鋳造体とするブリッジを設計し、2週間で外注製作しセメント合着した(図 18)。                                 


図18

 下顎義歯については、通院して再製作する時間的余裕がないため、前歯部人工歯破損部の修理と床のリライニングだけを行い、三次補綴後の様子をみることとした。

3)中年期の補綴処置:

 三次補綴処置15年後に患者から「上顎のブリッジは異常ないが、下顎義歯を作り変えてほしい」との連絡があり、経過観察をかねて来院してもらうこととなった。29年前の一次補綴の際に製作した下顎可撤式部分床義歯はレジン歯が摩滅し、内蔵した維持用金属合釘が唇面に露出していた。パノラマX線写真撮影を行い検査した結果、下顎残存歯は乳歯、永久歯ともに健全であること、また15年前に三次補綴として装着した乳歯と永久歯を支台歯とした上顎前歯部の陶材焼付鋳造冠ブリッジに全く異常が認められないことから、下顎も陶材焼付鋳造冠のフルブリッジにすることを患者に提案したところ、患者は直ぐに同意した。翌日、下顎右側4番、3番、左側3番、乳犬歯、4番の生活歯を支台歯形成し、乳切歯2本の全部鋳造キャップは除去せずに利用して、印象採得、咬合採得を行い、1か月後に10本分の陶材焼付鋳造冠プルブリッジを装着した(図19)。フルブリッジを装着した際、患者の「31年間、待った甲斐がありました」との言葉に、術者はインフォームド・コンセントの難しさを痛感させられた。                                   


図19

予後

 先天性無歯症における歯科治療の予後とは、義歯や歯冠修復物をつくることの有効性の予測について、治療に先立って行われる歯科医師としての判断や意見に他ならない。後天性無歯症に対する一般的な可撤式義歯や固定性ブリッジでさえも補綴装置が何年持つのか保証できない現状では、ミニマルインターベンション(最小の犠牲で最大の効果)の補綴装置を設計せざるを得ない。近年、デンタルインプラントの普及は目覚しいものではあるが、先天性無歯症に対する応用は遠い将来においても不可能であると筆者らは考えている。その理由は、デンタルインプラントには骨を造り、骨を維持し、咬合力を緩衝するという歯周靭帯(歯根膜)の働きが全くないからである。一方、晩期残存乳歯は永久歯と同じように骨を造り、骨を維持し、咬合力を緩衝するという機能があるので、出来るだけ保存すべきであり、保存できる補綴装置を設計すべきである。そしてその補綴装置はその時点の個々の患者のライフスタイルに合わせて、適宜再製作を繰り返すことを十分に説明しておくべきである。

 ミニマルインターベンションという観点からは、固定性ブリッジよりは可撤式義歯の方を選択すべきであろう。特に乳歯列期、混合歯列期、永久歯列の完成期の12,3歳頃までは、固定性ブリッジの選択は避けるべきである。さらに顎骨の成長の著しい思春期から青年期は患者のライフスタイルも急激に変化するので、補綴装置の作り変えが容易である可撤式義歯を選択する方が、無難である。
一方、永久歯と乳歯が混在する先天性部分無歯症においては、固定性ブリッジを患者は望むことが多い。供覧した症例2の様に、思春期に歯科を受診したにもかかわらず、30年後にして始めて念願の固定性ブリッジを装着できたケースもある。もっと早く患者の希望を取り入れて、固定性ブリッジを製作すべきであったかと反省すべき点はある。しかし、固定性ブリッジの装着を決断するには、図20に示すように、10年以上のデンタルX線写真撮影検査による経過観察と術者の補綴治療経験が必要であること。そして何よりも10年以上にわたって培われた患者と歯科医の信頼関係があってはじめて可能であったと考えている。                                     

 
図20 

 インフォームド・コンセントの成立には医療者側と患者側との信頼関係が不可欠であることには論を俟たない。医療者側に求められるものは豊富な治療経験と高度な治療技術であることは当然である。しかしそれだけでは足りないのである。患者の希望に適い、かつその治療効果も十分期待できる際にも、自分の専門技術を実行に移す際の一瞬の「ためらい」と「逡巡」を大事にする気持ちである。術者が未熟である場合は己の技術に対する「不安」でしかないが、そうではなく、治療経験を増し高度な技術を獲得してからでも残る「ためらい」であり「逡巡」である。適切な言葉におきかえることができないという意味から「暗黙知」といえるかもしれない。個々の患者の固有の「予後」を関知する「能力」と表現すべきもので、専門的知識や技術や経験がなくとも感知できる能力、つまり幼い患者も持っている能力である。物語を創る能力と表現すべきかもしれない。

 先天性無歯症の予後に必要なものはEBM(evidence based medicine:証拠に基づく医療)よりもNBM(narrative based medicine:物語に基づく医療)であると筆者らは考えている。

参考文献

1) 藤田恒太郎:歯の解剖学,第14版,137-162,金原出版,東京,1968.

2) 高橋新次郎:新編歯科矯正学,初版,24-38,永末書店,京都,1969.

3) 高橋新次郎:新編歯科矯正学,初版,57-61,永末書店,京都,1969.

4) 大畑 昇,高田 勲,内山洋一:先天的に多数の永久歯が欠如している症例に対する補綴処置例,歯科補綴臨床計画講座10,2913-2926,初版,医歯薬出版,東京,1977.

5) 大畑 昇,高道 理,内山洋一他:先天性部分無歯症(乳歯晩期残存症例)に対する補綴処置例-初診時より30年にわたる長期経過症例-,北海道歯会
誌59,167-171,2004.

(MyMedより)推薦図書

1) 日本臨床矯正歯科医会神奈川支部 著:矯正歯科―歯並びと咬み合わせの最新治療 (専門のお医者さんが語るQ&A),健同人社 2002

2) 鈴木設矢 著:抜かない歯医者さんの矯正の話―2000の症例から語る,弘文堂 2001,医療企画 (2007

3) 日本臨床矯正歯科医会 監修:キッズの歯並びすくすくスクール―こどもの矯正歯科治療がよくわかる!,小学館スクウェア 2005
 

免責事項

情報の正確性には最善の注意を払っておりますが、内容により生じた損失、損害についてMyMedおよび執筆者はいっさいの責任を負わないものとします。
ご自身の健康上の問題については、専門の医療機関とご相談ください。

※ この記事に関するご意見をお聞かせください。


このページを印刷

診療科別


※ マイメドでは、疾患項目の追加、および最新情報をお知らせするためにメールマガジンを配信しております。ご希望の方は下記にメールアドレスを入力の上、送信ボタンを押してください。
  なお、次の職業の方は、職業をご選択の上、メールアドレスを入力の上、送信ボタンを押してください。

メールアドレス: メールアドレス(確認用):
医療関係者の方はご選択ください: