着床前診断 - MyMed 医療電子教科書

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最終更新日:2010.11.02

着床前診断(ちゃくしょうまえしんだん)

執筆者: 杉浦 真弓

概要

 1990年、Handysideらが最初の着床前診断を報告し、2005年には日本でも着床前診断が始まった。これは体外受精後の受精卵が8-16分割した頃に1-2割球を生検して、“非罹患胚”と診断された受精卵を子宮内に胚移植する技術である。筋ジストロフィー、ハンチントン病などの遺伝子疾患に罹患した胎児を回避する目的で行う場合と、不妊症・不育症患者において生児獲得のために行う場合と大きく分けて二通りの適応がある(図1)。



 この技術には
1) 受精卵を操作廃棄することに対する生命倫理的問題
2) 障害を持つ人たちからの優性思想であるとの批判
3) 自然妊娠が可能な人に対して体外受精を行う、
といった問題があると考えられる。
 出生前診断や生殖医療技術については技術が先行して倫理的議論があまりされないまま進んできた歴史的背景がある。日本産婦人科学会はこのような批判を考慮して1998年に「着床前診断に関する見解」を作成し、重篤な遺伝性疾患に限って、申請された疾患ごとに審査して認可することを定めた。現時点で均衡型転座を持つ習慣流産患者、Duchene型筋ジストロフィー、筋強直性ジストロフィーを含む31例が承認されている。ここでは習慣流産、筋強直性ジストロフィーを中心として着床前診断の現状を解説する。

染色体均衡型転座をもつ習慣流産患者の自然妊娠成功率

 染色体均衡型転座が習慣流産患者に5%前後みられることは古くから報告されていたが、その後の妊娠予後に関する論文は2004年に筆者らが世界で初めて報告した(文献1、表1)。Sugiuらは1284 組 の反復流産患者の原因精査後の1回以上の妊娠帰結を調査した。58人が (頻度4.5 %, 夫21、妻37)均衡型転座保因者であり、そのうち11人はRobertson型転座であった。相互転座を持つ夫婦47組中15組(31.9 %) が診断後初回の妊娠で出産に成功した。対照として染色体正常夫婦1184組中849組(71.7%)が出産に成功しており、均衡型相互転座保因者の流産率が高いのは明らかである。しかし、さらにその後の妊娠を観察したところ、47組中32組(68.1 %)が平均1.3±1.9回のさらなる流産を経験して(累積成功)、23.3±22.5か月後に生児を得ることができた。シカゴのグループは初回妊娠65%、累積成功90%と報告している。オランダのコホート研究では患者を電話調査によってfollow upし続けて、累積成功率83%と高い成功率を示している(文献2)。

 一方Robertson型転座保因者11人のうち7人が(63.6%) が診断後最初の妊娠で出産しておりこれは染色体異常のない人とあまり変わりなかった。FISF法を用いた精子解析で相互転座保因者の精子の46.9% が正常あるいは親と同じ均衡型である交互分離を示し、Robertson型転座保因者では88%が交互分離を示しており、Robertson型転座は相互転座よりも成功率が高いことが推測できる。

 筆者らの2004年の報告は約15年間の臨床データであり、既往10回、13回流産歴をもつ患者を含んでいる。また、検査後に1回流産した後に受診しなくなった患者を“失敗“に含めているため、成功率が低くなっているものと推測している。そこで全国的に習慣流産の症例数の多い10施設(名古屋市大、名古屋市立城西病院、東京大、大阪府立母子センター内科、慈恵医大、慶応大、国立成育医療センター、東海大、日本医科大、富山大)において再度検討してみた(文献3)。2382組の患者のうち85組(3.6%)に均衡型転座がみられた。相互転座に関しては、診断後初回妊娠において63% (29/46組)が生児獲得できた。正常染色体をもつ夫婦の生児獲得率よりも明らかに低いが、次回自然妊娠で63%の夫婦が出産できている事実は患者を勇気付けることができる。

均衡型転座をもつ習慣流産患者の着床前診断

 FISH法を用いることで胚の診断をして流産を予防する技術が実施されている。Chunらは43人の均衡型相互転座保因者と6 人のRobertson型転座保因者の着床前診断による妊娠帰結(習慣流産と書いてはいないが)を報告した。相互転座保因者14人が (32.6%) 59回の採卵で出産成功した。この成功率(32.6%) は筆者らが示した自然妊娠の成功率(31.9%)とあまり差はない(表1)。Otaniらは採卵あたり47%と高い成功率を示しているが、採卵できなかった患者を統計から除外している。



 Feyereisenらは14%の成功率を報告し、着床前診断の有効性は疑問であると結論している。現時点で転座が判明した患者が自然妊娠を選択した場合と着床前診断を選択した場合とどちらが生児獲得率が高くなるかを比較した研究はされていない。一部の研究者は習慣流産患者が検査のために受診する以前の流産率(原発性習慣流産では100%)と次回の成功率を比較する研究を発表しているが、これは明らかな間違いである。

 着床前診断は体外受精が前提なので1回当たりの妊娠率が20-30%であり(40歳以上では10%以下)、患者は流産のかわりに体外受精の失敗を経験することになる。成功率は年齢、過去の流産回数に依存して減少することが推察される。染色体均衡型相互転座の減数分裂において(正常である)交互分離がどの割合で起きるかは個々の症例で異なる。

 2005年の7-11月に日本産科婦人科学会「習慣流産の着床前診断に関するワーキンググループ」が開催され、習慣流産、遺伝学、神経疾患の専門医、不妊症患者、習慣流産患者らによって、「転座保因者の自然妊娠の可能性、体外受精の合併症、着床前診断の限界について充分な説明をするべき」「流産予防というメリットは患者にとって魅力的である」という議論がされ、日本でも染色体均衡型転座をもつ反復流産患者(既往流産2回の症例も含む)に対する着床前診断が行われるようになった。

胎児染色体異常による流産

 散発流産(習慣性はなく1回の流産)の50-70%に胎児の染色体異常がみられるが、それは偶然起こることであって、習慣流産の原因ではないとして長い間“胎児染色体異常による流産”の存在は確認されなかった。当院では反復流産患者の1309妊娠について既往流産回数別流産率と胎児染色体異常率を検討した(文献7)。既往流産回数が増えるに従って流産率は高くなり、染色体異常率は有意に減少した。しかし、既往流産回数2-4回では染色体異常流産は50%以上存在する。反復流産患者においても胎児染色体異常は重要な原因のひとつであると思われる。ただし、胎児染色体異常がみられたときの次回妊娠の成功率(62%)は胎児染色体が正常であった時(38%)よりも有意に高率であった。

 欧米では、このような胎児染色体の数的異常を繰り返す症例に対して16, 22, 21, 18, X, Yのプローブを用いた胚スクリーニングが行われている。Platteauらの報告によると過去に4.46回流産歴のある25人の原因不明の習慣流産患者に着床前診断を行ったところ妊娠継続したのはたったの25%だった。名古屋市立大学の調査(文献7)では過去5回流産歴のある患者の51%が次回自然妊娠で出産しており、Platteauらも胚スクリーニングの有効性は認められないと述べている(文献8)。原因不明習慣流産患者の中に胎児染色体異常を繰り返す症例が存在することは間違いないが、すべての原因不明患者に胚スクリーニングを施行しても成功率の改善にはむすびつかない。患者を特定した上で成功率が高くなるかどうかを調査する必要がある。しかし、胎児染色体異常流産の経験者は前述のとおり予後がいいので、胚スクリーニングの優位性は証明しにくいかもしれない。

 平均年齢30歳の患者の散発流産における胎児染色体数的異常は70%にみられる。これが、2回、3回繰り返す確率は単純計算で49%, 35%である。最近のマイクロアレイCGH法を用いたさらに詳細な研究によれば流産の80%に胎児染色体異常がみられた。すなわち2回、3回繰り返す確率は64%, 51%である。すなわち習慣流産患者の約50%は胎児染色体異常によるものであると推測できる。

 このような症例は薬剤投与の必要性はなく、確率の問題で成功できる。名古屋市立大学の薬物投与なしでの生児獲得率を図2に示した。



 患者らは流産を繰り返すと生涯子どもに恵まれないのか、と絶望的に思うようだが、充分出産が可能であることを説明することが大切である。前述のオランダの研究と同様、名古屋市立大学でも染色体異常、子宮奇形のない夫婦の84%が出産できている。

反復体外受精失敗例、高齢女性における着床前胚スクリーニング

 37歳未満の3回以上良好胚を移植しても妊娠しない反復体外受精失敗例あるいは高齢女性は胚の染色体異常率が高いため、胚スクリーニングを行うことで妊娠率が向上するという報告が散見される(文献9)。しかし、出産成功率という患者にとってもっとも大切な結果を調査した比較試験は非常に少ない。Twiskらのコクランレビューによれば胚スクリーニングを伴わない体外受精をコントロールとした高齢女性を対象とした論文が2つだけヒットしたが、出産成功率の差はまったくなく、症例数も少なかったという。彼らは大規模比較試験によって胚スクリーニングの有効性が確認されるまでルチーン検査として行うべきではないと結論している(文献10)。最近のランダム化比較試験では高齢不妊女性に体外受精を行い、胚スクリーニングを施行・未施行群を比較した場合、生児獲得率は着床前診断を行った場合の方が悪い結果であった(文献11)。胚生検を行うことで妊娠率が低下することも考えられる。

筋強直性ジストロフフィー

 筋強直性ジストロフィーMyotonic dystrophy(MD)は筋緊張、筋萎縮、知能障害、白内障、性腺萎縮などをきたす常染色体優生遺伝性疾患である。19番染色体のmyotonin protein kinaseが責任遺伝子であり、そのCTG repeat数(正常5-35)が50-3000に増幅されることによって起こる。CTG repeat部分をPCR法によって増幅後にFragmen解析によってCTG repeatの大きさを推測することで1割球での診断が可能である。患者が女性である場合に次世代のrepeat数が増幅されて重度の進行が起こる(表現促進)。

 日本産婦人科学会は「重篤な遺伝性疾患」について一例ごとに審議して承認していくと定めている。何をもって「重篤な遺伝性疾患」とするかは「遅くとも20歳までに寝たきり、もしくは死亡する遺伝性疾患」とすることが議論された。

 出生前診断に関しては年間約1万件の羊水検査が行われているのが現状である。筋ジストロフィーについては絨毛を用いた出生前診断が施行されているが、罹患児であることが判明すると人工妊娠中絶術が選択されている。これについて批判があることは当然であり、関わる産婦人科医師も強いストレスを感じている。しかし、現在年間約110万人の児が生まれる一方、30万件の人工妊娠中絶術が行われているわが国において、出生前診断を受けるカップルは生みたいからこそ検査を受けているのである。中絶の苦痛を避けることができる点において着床前診断のメリットは患者にとって大きいようである。

予後

 ESHRE PGD Consortiumによれば、生まれた児の体重は3225gと標準的であり、先天異常は5.8%(47/813)に確認された(文献12)。しかし、長期的な児の予後は現時点で不明である。

最新の動向

 着床前診断に関する諸外国の規制のあり方は多様である。米国、韓国にはまったく規制がない。イギリスは体外受精と着床前診断はヒトの受精および胚研究認可庁により規制され、対象疾患が限られている。スウェーデンでは社会省指針によって重篤な進行性遺伝的疾患の診断であるときに認められる。オーストリア、スイス、ドイツは事実上法律によって禁止されている。

 不妊症および原因不明習慣流産における有効性は不明である。均衡型転座については流産を避けるメリットは明確であるが、生児獲得の点では優位性は証明されていない。遺伝性疾患における着床前診断は人工妊娠中絶を避けるメリットは患者にとって大きいだろう。しかし、安全性、出産成功率という点での優位性が明らかになるまでは、広く臨床応用される段階ではないだろう。

参考文献

1. Sugiura-Ogasawara M, Ozaki Y, Sato T, Suzumori N, et al. (2004) Poor prognosis of recurrent aborters with either maternal or paternal reciprocal translocations. Fertil Steril 81, 367-373.
2. Franssern MTM, Korevaar JC, van der Veen F,et al. (2006) Reproductive outcome after chromosome analysis in couples with two or more miscarriages: case-control study. BMJ 332, 759-762.

3. Sugiura-Ogasawara M, Aoki K, Fujii T, Fujita T, Kawaguchi R,Maruyama T, Ozawa N, Sugi T, Takeshita T, Shigeru Saito. (2008) Subsequent pregnancy outcomes in recurrent miscarriage patients with a paternal or maternal carrier of a structural chromosome rearrangement. J Hum Genet, in press

4. Chun KL, Jin HJ, Dong MM, et al. (2004)  Efficacy and clinical outcome of preimplantation genetic diagnosis using FISH for couples of reciprocal and Robertsonian translocations: the Korean experience. Prenat Diagn 24, 556-561.

5. Otani T, Roche M, Mizuike M, et al. (2006) Preimplantation genetic diagnosis significantly improves the pregnancy outcome of translocation carriers with a history of recurrent miscarriage and unsuccessful pregnancies. Reprod Biomed Online 13, 869-874.

6. Feyereisen E, Steffann J, Romana S, et al. (2007) Five years‚Ä experience of preimplantation genetic diagnosis in the Parisian Center: outcome of the first 441 started cycles. Fertil Steril 87, 60-73.

7. Ogasawara M, Aoki K, Okada S, et al. (2000) Embryonic karyotype of abortuses in relation to the number of previous miscarriages. Fertil Steril 73, 300-304.

8. Platteau P, et al. Preimplantation genetic diagnosis for aneuploidy screening in patients with unexplained recurrent miscarriages. Fertil Steril 83, 393-397.

9. Platteau P, Staessen C, Michiels, et al. (2006) Which patients with recurrent implantation failure after IVF benefit from PGD for aneuploidy screening? Reprod Biomed Online 12, 334-9.

10. Twisk M, Mastenbroek S, van Wely M, et al. Preimplantation genetic screening for abnormal number of chromosomes (aneuploidies) in in vitro fertilisation or intracytoplasmic sperm injectio Cochrane Database Syst Rev. 2006 Jan 25;(1):CD005291

11. Mastenbroek S, Twisk M, van Echten-Arends J, Sikkema-Raddatz B, Korevaar JC, Verhoeve HR, Vogel NE, Arts EG, de Vries JW, Bossuyt PM, Buys CH, Heineman MJ, Repping S, van der Veen F. (2007) In vitro fertilization with preimplantation genetic screen. N Engl J Med 357, 9-17.
12. Harper JC, Boelaert K, Geraedts J, et al. (2006) ESHRE PGD Consortium data collection V: Cycles from January to December 2002 with pregnancy follow-up to October 2003. Hum Reprod, 21, 3-21.

執筆者による主な図書

1) Sugiura-Ogasawara M, Ozaki Y, Kitaori T, Kumagai K, Suzuki S.:Midline uterine defect size correlated with miscarriage of euploid embryos in recurrent cases.,Fertil Steril in press.

2) Sugiura-Ogasawara M, Ozaki Y, Sato T, Suzumori N, Suzumori K.:Poor prognosis of recurrent aborters with either maternal or paternal reciprocal translocations.,Fertil Steril 2004; 81: 367-373.

3) Sugiura-Ogasawara M, Furukawa TA, Nakano Y, Hori S, Aoki K, Kitamura T. :Depression influences subsequent miscarriage in recurrent spontaneous aborters.Hum Reprod 2002; 2580-2584.

4) Ogasawara M, Aoki K, Okada S, Suzumori K.:Embryonic karyotype of abortuses in relation to the number of previous miscarriages.,Fertil Steril  2000; 73: 300-304.

5) Ogasawara M, Aoki K, Kajiura S, Yagami Y.:Are antinuclear antibodies predictive of recurrent miscarriages?,Lancet 1996; 347:1183-1184.
 

(MyMedより)推薦図書

1) 今井道夫・香川知晶 編集:バイオエシックス入門―生命倫理入門,東信堂 2001

2) ジョン・コーエン 著、藤井知行 監修、谷垣暁美 翻訳:流産の医学 ― 仕組み、治療法、最善のケア,みすず書房 2007

3) 日経メディカル 編集:年齢・原因別の「戦略」がわかる不妊治療ワークブック,日経BP社 2005
 

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